今年7月の豪雨災害で呉線が川底下を潜る東川の護岸と川底がえぐられたことで長らく通行止めになっていた河川沿いの道路が、9月下旬に仮復旧によって西沿いのみ通行可能となった。この通行止の期間中に東川上流付近(福田町)へ行く用事が何度か有ったのだが、その際にこの地域の方々から伺った迂回路を利用していた。この迂回路は現在の国道185号が整備されるまでは福田町の主要道路だったとのことで、その歴史的情報として撮り残しておくことにした。なお、本迂回ルートはGoogleマップのストリートビューで途中までは確認できるものの肝心の東川上流付近まではカメラ車が走破しなかったようだ。

 先ずは現在の福田町の航空写真へ迂回ルートを赤矢印で描いてみた。黄色い<災>は災害で全面通行止や車両通行困難となっていた箇所てある。(丸番号1~20は撮った写真番号)

◎現在の福田町(出典:Yahoo地図)
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 次に本迂回ルートを含む道路が福田町の主要道路だった頃の航空写真に赤矢印を引いてみた。

◎国道185号が未だ無い昭和22年当時の福田町(出典:国土地理院 空中写真)
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◎国道185号線が整備された後の昭和37年当時の福田町(出典:国土地理院 空中写真)
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 現在の航空写真へ付加した丸番号1~20の写真を以下に掲載する。(2021/09/28撮影)

(1) 大乗駅近くの国道185号に架かる歩道橋を抜けて大乗川を左折、その先の呉線踏切手前。
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(2)踏切先を右折。この先は2ルートに分かれるが・・・
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(3)手前の広い道路へ。
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(4)広い道路を道なりに進むと
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(5)別ルートと合流する。
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(6)道なりに小川に架かる橋まで進む。
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(8)小川に架かる橋を渡って更に先へ。
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(9)向こうに見える鉄塔沿いを更に先へ。
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(11)Y分岐を右側へ入る。(そのまま進むと袋小路になってしまが途中で右折すれば神社へ出られる)
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(12)かなり狭いが小型車までならギリギリ通れる。
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(13)狭い路地を抜けたら大きく右折。
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(14)右折すると神社の正面、ここが主要道路であった証でもある。この神社の塀沿いに進む。
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(15)そのまま道沿い。
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(16)真っすぐ進む。(右折したら袋小路)
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(17)正面の坂を目指す。(右折すると踏切があるが車両は通行不可か困難)
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(18)坂を上りきると東川の土手沿いに出られる。
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(19)この橋を渡れば東谷地域へも行ける。
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(20)真っすぐ行くと国道185号で出られるが、ここが災害復旧工事現場で通行止となっていた。
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 迂回ルートが訊けた際に得られたトリビア、竹原市内において高崎町~床浦辺りの国道は狭くて曲がりくねった不便な路線であったが、のちに整備されて現在の状態となり、地域住民からこの路線(道路)は当時の内閣総理大臣に因んだ愛称で呼ばれていたそうである。