今回図書館で借りた小冊子の数冊、返却日が近くなってきたので未読のものを見始めた。本日は竹原市役所にて1971年(昭和46年)に発行された『竹原 '71』を捲って懐かしい掲載写真を楽しんだ。
#01

 本小冊子は竹原市の現状(1971年当時)を写真と市勢データで紹介している。当時の市長は有原明三氏、竹原市役所落成から5年後である。貴重な写真が多数有るのだが著作権等もあるので転載できないのが残念・・・。以下に各章の内容について概要を紹介する。

沿革
 竹原小早川家の創設や頼春水・春風・杏坪の三兄弟が生れ、春水の子である頼山陽が生れたことを紹介している。昭和10年に呉線が開通して三井金属の操業開始等によって都市化、昭和27年に下野村、29年に東野村・大乗村と南方村、30年に荘野村と田万里村、31年に吉名村と賀永村、33年に忠海町と合併して市制を布いた。
 掲載写真は現竹中向いの水源地ポンプ場からの竹原市市街地、整地中の来須地区、広大な田畑の中に旧竹中と体育館、郵便局、電電公社、市役所、市民館が写っているが、三井金属の煙突は未だ「子たけたろう」だけ。

自然

 長く屈曲に富む瀬戸内海の沿線と300~500mの連立する山地に囲まれた竹原市。気候は温暖で降雨量も少なく晴天日多し、風光明媚な景色と天与の恩恵をえけている。
  掲載写真は海苔の養殖のようだが場所は書かれていない。久野島らしき島があるので忠海の宮床沖だろうか?

住まい
 1世帯に1住宅。市営住宅を777戸建設。
 掲載写真は小田山神社辺りの市営住宅と、阿批比か田ノ浦の県営住宅か。

上水と下水
 写真は現竹中はす向かいの成井水源地。

橋と道
 写真は賀茂川大橋(西小横)と、どこかの農道改良工事。

人づくりの場
 写真は竹原西小、昭和44年9月20日落成・開校。職業訓練校実習風景(造船)。


 昭和46年4月1日に開港(貿易港)の認可によって外国貿易の増加を期待。宗越の太郎ヶ鼻から長浜漁港までの区間が港湾法によって竹原港港湾区域となった。
 写真は外材を積んで入港する船舶と四国への近道フェリー(中四国フェリーの桟橋)。

みんな幸せに
 写真は、どこかの保育所、郵政省の保養センター(竹原簡易保険保養センター)、黒滝ホーム、芸南学園。

産業
 写真は福田町の貯木場(ツダモク)、広果連(忠海)、たばこ共同育苗(場所不明)、木工家具工場(協和?)、紡績工場(場所不明)。

あすをつくる
 写真は、建設中の竹原大橋(国道185号の呉線高架橋)と八幡橋・汐入橋。福祉センター完成予想図と建設基礎工事中(現在解体中の福祉会館)、建設中の下水終末処理場、建設中の港湾事務所兼内港待合所。

史蹟・観光
 写真は、頼惟旧宅、竹原小早川家墓地、普明閣、忠孝巌、ふとん太鼓、竹原屏風、町並み保存地区となる前の電柱が並ぶ本通り。

以上だが、1971年はどのような出来事があったのだろうか。
  • サイモン&ガーファンクル「明日にかける橋」がグラミー賞受賞
  • ジョンレノン「イマジン」、ジョンデンバー「故郷に帰りたい」が大ヒット
  • 「わたしの城下町」、「知床旅情」、「また逢う日まで」が大ヒット
  • 「仮面ライダー」、「ルパン三世」、「天才バカボン」、「国松さまのお通りだい(ハリスの旋風のリメイク)」放映開始
  • ホットパンツ、パンタロン流行
  • スマイルバッジ、アメリカンクラッカー流行
  • カップヌードル、チェルシー発売
 その頃の私の記憶・・・1980年代の近未来を描いたテレビ番組「謎の円板UFO」を熱心に観ていた頃だ。