光海神社の拝殿(舞殿)内に掲示されている「吉名のレンガ工場」パネルの解説によると、吉名で煉瓦造りが始まったのは明治28年で松本勝太郎氏によると書かれていた。『竹原聞きある記』にも詳細な解説項「吉名の赤煉瓦」があり、松本勝太郎氏による吉名初の工場と釜(登窯)は旧吉名煉瓦工場(平方湾の西側)辺り建てられた家内工業的な小規模なものであったと書かれていた。その後、沖辺(吉名漁港の東側の山)に池田吾一郎氏(池田勇人元総理の尊父)が建てられて、徐々に吉名に各煉瓦工場が増えていった経緯が詳細に綴られていたが今回は割愛する。その中で松本煉瓦株式会社においては大正13年に松本文浩氏によって創設されとある。
 また、「吉名のレンガ工場」パネルでは、最盛期には吉名と安芸津の2地区で中国地方の生産高の9割を占め、全国においては3割を占めて全国1位であったと書かれていた。現在、窯を稼働させているのは松本煉瓦の1社のみとのことである。なお、窯については吉名で初めてホフマン式輪輪釜を採用したのが吉名煉瓦工場で、梅ヶ浜の竹原マリン前にそびえ立つ赤レンガ製の煙突がその釜(吉名煉瓦4号釜)の名残りであり、経済産業省の近代化産業遺産として認定されている。

 さて、その現在の松本煉瓦工場には竹原方面から吉名漁港へ抜けるルートが2本あり、近いルートは工場敷地内を分断する細い山道で工場の市有地路かと見間違うありさま、もう1本は直角に曲がって海岸沿いを走るルートである。どちらも初めて通る場合は車を停めて躊躇するような分かりにくいルートである。

 昨年末に藤九郎神社を訪れた際、久しぶりに瀬戸内海の視界が開けていたので海岸沿いルートからの眺めを撮っておいた。(2021/12/30)

 煉瓦工場脇には赤煉瓦の長い塀が有り、ここが夕陽に映えると素晴らしい景観となるのだが、見事な夕焼けとなって塀が映える季節と日時には未だ訪れてはいない。
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 塀沿いの途中に離合場所があり、そこからの瀬戸内の眺めが素晴らしい。
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 遥か彼方に契島。
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 宗越方面にも連なる島々が望める。
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 道は海岸沿いで満潮時には波のしぶきが上がってる程に海が近い。水際には赤レンガを含む瓦礫が散在しており、古くからある煉瓦工場の名残りが感じられる。
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 また、このような如何にも工業遺産的な建造物の跡もあるのだが、煉瓦を海ルートで運び出していた設備の土台であろうか。
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 冬は太陽が沈む位置がズレて赤煉瓦の塀を夕陽が照らさないようなので、夏の時期に素晴らしい景観を撮りに行ってみる予定である。