旧ホームページ(第6版)に掲載していた『人生墓無いと申しまして・・・』に続く第3弾、TKさんから1999年3月にメールで頂いた貴重な写真を再掲載。1999年当時の「地蔵湯」、「竹原ハット」や「旧三井会館」解体中の写真を掲載していた。なお、この当時は浜田省吾の生家が何処にあるかが不確定であった。

[註]
・掲載当時のタイトルは『浜田省吾の生家見つかる』と断定表記していた
・「竹原ハット」は改築前の旧店舗
・この吉名の駐在所は生家ではなく正しくは長建寺の裏山にある

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掲載月日:1999/04/04

[1999.3.25 TKさんからのメール]
 久しぶりに送ります。今日の夕方、曇り空、日暮れ前でしたが撮ってきました。ご存知、「地蔵湯」のカット、入浴する前後にお地蔵さんにお参りするシーンはデジカメのレスポンスの関係上撮れませんでした。もうあと5秒ほど早い立ち上がりがあれば、少し残念です。
 掛町の「いちかわ菓子店」でははやくも「だんご3兄弟」の幟旗が登場していました。だんごだけなら直ぐ造れると思いますが、幟旗が出来ているとは、注文から出来あがりまで結構な時間がかかると思うのですが。
 それからこれも全国的に話題の「地域振興券」がらみのレイアウト。
 そして「竹原ハット」、この店のレイアウトは竹原の中では独特の味が感じられます、私は見る度にメキシコを連想してしまいます、しかしショーウインドーの中の戦艦模型は何を物語っているのでしょうか。ひょっとして旧海軍への憧憬の表れか。
 そしていよいよ超有名ミュージシャン浜田省吾の生家を発見、これは事情通の友人からの情報をもとに取材しました。お父さんが駐在所の警察官で彼が生まれてから3歳位まで竹原の吉名にいたということです。
(以下、諸事情により割愛)

[1999.3.26 TKさんからのメール]
 さて、ハマショーの生家の位置ですが、国道185号線を吉名方面へ走って、益吉呉服店のところの交差点を左、つまり駅方面に向かってJRのガード下をくぐった先に駐在所がありますが、ここです。建物は変わっても、位置はおそらくここでしょう。しかし近所の人の証言は得てありませんので。でも90%ここです。いや99.9%か。(以下、諸事情により割愛)

◆地蔵湯
zizoyu1

◆お地蔵さん
zizoyu2

◆竹原ハット1
takehat1

◆竹原ハット2
takehat2

◆ショーウインドーに戦艦模型(竹原ハット)
takehat3

◆梅の開花に春をよぶ竹原ハット
takehat4

◆だんご3兄弟
dango

◆本川会館(三井会館)消滅す
kaikan

◆地域振興券ポスター
sinko1

◆地域振興券幟旗
sinko3

◆セイワにて
sinko4

◆浜田省吾の生家か?
(註:残念ながら、ここではない)
hama2
hama3

[コメント]
 ついに偉大なミュージシャン浜田省吾の生家画像が届いた。とは言っても私はマニア的友人がいるぐらいで浜田省吾が「ハマショー」と呼ばれていることぐらいしか知らない。1年ぐらい前に竹原にて広島のテレビ番組(西田篤史?司会)で「竹原といえばハマショーが生まれた地でもある」とのコメントに驚き、本屋(東京の八重洲ブックセンター)にて「浜田省吾辞典」なる豪華なディスコグラフィー的本を見付けて立ち読みしたところ、確かに竹原のどこかに生家があると書かれていた。その後、HP読者から「大林監督映画ロケ地としてでなく、浜田省吾の生家を訪れる竹原ファンがいる」とのメールを頂いたが場所を聞いておくのを忘れてしまった。
 生家が駐在所、それも吉名であったとは予想外であった。場所はR185を竹原町から吉名町へ向かう途中、呉線と平行しながら走行していると、パチンコ屋の先で「くの字」カーブが有り、その先に「吉名駅」への「ト字路」がある。R185から反れてここを左に曲がり、狭い道の呉線ガード下をくぐり抜けたぐらいから、少し広くなる。そのまま直進すると右折で吉名小学校への「十字路」があり、どうやら駐在所はこの角の手前のようである。吉名駅からは徒歩5分ぐらいであろうか。

(後記:生家については多くの説があるがハマショーのマニアが訪れているのは大石の寺の辺りの山腹にある平屋建の家屋と思われる。当時、HP読者からか頂いたメールの情報から大石にある寺付近を2時間程度探索したが結局は見つけられないままであった。)