安芸の小京都 竹原アルバム

このブログは私の故郷竹原のディーブな散策アーカイブです。 1996年から続けていた旧ホームページをブログとして継続中。 (ご注意:観光向けではありません)

2020年11月

 薄暮の朝日橋から撮った賀茂川(成井川)を前ブログ記事で紹介したが、秋色に染まりつつある朝日山は日没後で良い雰囲気に撮れなかった。そこで晴天となった勤労感謝の日に撮影を再トライ。朝日山は普明閣からよりは朝日橋からのアングルが良さそうに感じる。(だから朝日橋という名?かは分からない)

 フジの裏にあるドッグラン公園に車を停めて朝日橋を再訪。(2020/11/23撮影)
先ずはドッグランからはこんな感じに撮れるのだが、タイミング悪く太陽が雲に隠れてしまい山肌も薄暗くなって失敗。
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・土手に上がると雲から徐々に太陽が出始めた。
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 朝日橋の脇歩道から太陽が出るのを数分間待った。
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 そして明るくなった山肌が秋色に染まる朝日山を撮ることができた。
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 ついでに竹原町360度の様子も撮ってみた。
先ずは中通地区方面。何という山かは知らないが下賀茂神社がある方面である。
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 こちらは大王地区辺りの山である。右側は小田山神社がある山であろうか。
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 そして照蓮寺、西方寺と普明閣及び長生寺がある寺山である。
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 少し右へ移動して大石方面。
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 賀茂川の下流方面には山は無い。
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 竹中向いの山、水源地の揚水ポンプがある山も秋色付いている。
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 そして360度回転完了。
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 普明閣が眺められる私的にはベストな場所なので、レンズを望遠に差し替えて普明閣をズームしてみた。
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 成井の土手から西方寺の本堂や鐘楼も見えていた。普明閣の境内にあった照明がLED照明に替えられていたが、最近は毎日夜中にライトアップされているのだろうか?今度、朝日橋からライトアップされた普明閣も撮ってみたくなったが、ガッシリとした三脚を持参しないとブレてしまいそうだ。(2013年から使っているミラーレス一眼のブレ低減機能が壊れてしまった)

徒歩による忠海散策は続く。

・宮床踏切から宮床海水浴場へ向かう
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・踏切には国道185号下のトンネル道もあった
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・安芸長浜方面
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・忠海駅ホーム方面
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・・を渡って
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・床浦神社への参道鳥居
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・現在は、この辺りに新道ができて踏切を越えずに宮床へ行ける
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・床浦神社と宮床海岸手前
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・床浦神社
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・・の海側の鳥居
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・宮床海水浴場
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・これが東洋一高い送電鉄塔だと聞いていた
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・床浦神社は天然痘を治すことができた神様らしい
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・境内は近隣の契約駐車場になっている
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・宮床の忠海西小、現在は小中一貫校「忠海学園」となった
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・西小の脇から賀儀城跡へ行ってみる
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・賀儀城跡への途中から校庭が見える
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・城跡の山頂には公園と慰霊碑
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・宮床海水浴場も眺められる
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・城跡から下りて床浦の漁師町を散策
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・防潮堤沿いに歩くと忠海港へ出る
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・忠海港の駐車場から
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・アヲハタ本社工場、現在ここにジャムデッキができた
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・そこから東隣の広果連
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・忠海港の桟橋、後に「うさぎ島」騒動になるとは知る由も無し
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・桟橋から踏切へ
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・踏切からレインボー食品、芸南食品が見える
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・踏切を越えて・・
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・お馴染みの国道から忠海港へのガイド看板
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・・国道の橋から鉄橋を眺める
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・・橋を渡って踏切まで行ってUターン
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・国道に戻ってGSからアトム方面へ
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・二窓の神社辺り、左側はアトムへ行ける、この踏切から漁師街へ
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以上。

 仁賀の紅葉を撮りに出かけた帰りに、西野町に在った「竹原ゴルフ(練習場)」の跡地が現在どうなっているかを確認しにチョコッとだけ寄ってみた。(2020/11/22撮影)

 場所は仁賀東口信号(県道330号起点)の手前から山沿いで東野小まで抜けられる国道の迂回ロートの半ば辺りである。「竹原ゴルフ」が在った位置を下の地図に明るい部分として示した。山沿いを道なりに進むと賀茂川沿いの別のルートを通ってしまって到達できない。途中のY分岐を右へ反れれば山際にゴルフ場跡地がある。
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 これが現状の「竹原ゴルフ」跡地の様子である。解体されてしまったのを偶然に知ったのは2016年の正月だった。このルート付近にはアパートや戸建住宅が多く建てられてきたが、跡地は予想に反してその頃から何も変わっていないようだった。
 東野小方面から撮ったのがこれ。道沿いに並んだ黒い突起状のものはゴルフ場のネット支柱の名残りである。
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 ノーベル学習館と喫茶のあるゴルフ場建物はこの辺りだったかも。
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 振り向いて仁賀東口の方面も撮ってみた。
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 それでは恒例の新旧の比較である。
 これは1999年の夏帰省で撮っていたゴルフ場建物と撃ちっぱなしの練習場の様子であるが、他の練習場に見られる起伏や斜面ではなく平坦だったことに今更気付く。打つ場所が何処なのか、打ったボールの回収はどうするのかも今となっては確認できない。(1999/08/06撮影)
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 これは2011年正月に撮った様子だが、この頃は既に廃墟となっていたようだ。この写真では打つ場所が並んでいるような感じもする。1999年の写真と比べると支柱の色褪せ方が時の流れを感じさせる。(2011/01/02撮影)
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 そしてこれが 2016年にゴルフ場があるルートを自転車で通った時に、いつのまにか解体されていたことを知った際の写真である。(2016/01/03撮影)
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 ご覧のように災害が起こりやすい山際の敷地であることから一般住宅には不利な場所だが、駐車場にもされておらず枯れたままの芝生の広大な更地のままだった 2016年から 4年が経過しているのだが、不思議なことに変わった様子は無くて草ボーボーにもなっていない。

 主にエデンの海Pに車を停めて、徒歩で忠海を散策した時の約300枚中1~100枚目を掲示。

・フジ食品館前の優先P辺り。
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・二窓カーブ先の三原市との境界へ行けるかトライ(三原市側から海岸沿いへ)
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・満潮では砂浜が無くて到達できず。(干潮時なら行けたはず)
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・仕方なく三原市側でマリンビューを待つ。マリンビューのリーフレット写真と同じ場所だった。
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・二窓側へ戻る。フロントガラス右上は礒宮の交通安全の御守り。
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・エデンの海Pへ停める
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・山の上に見えるのがベルビュー
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・トイレ脇から砂浜へ降りてみた。
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・やっと撮れたフナムシ
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・さすがエデンの海、きれいすぎる。昭和50年代は国道なしだったらしい。
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・砂浜から上がって徒歩で散策開始。
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・忠海高校の格技場。私はジャンケンに負けて剣道班になってしまった。
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・この道路の下を海岸まで貫けられるトンネルがある。ボート部が使っていたらしい。
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・体育館の裏。在学当時はタバコ吸いが居たかもしれない。
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・グランド
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・木造の部室だった場所に別の建物が建っていた。
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・副門
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・正門
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・懐かしい渡り廊下
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・こちらは開かずの門だったかも。理科室が懐かしい。
科学部に入って黎明期のコンピュータ・ゲーム機(テニス)で遊んでいた。
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・そろそろ焼却場辺りか
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・まだ有った!!焼却場
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・自車ステップワゴンで通るとワンセグ・アンテナ15cmを擦る低さ。
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・ここを左折すると忠海床浦団地。生協が健在だった頃。
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・呉線通過が偶然撮れた。
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・区画は1~11列まである。
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・・には行かず、在学当時の通学路をトレース
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・上流からトサツ場の血が流れていた小川
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・真っ直ぐ行くか、右折して国道185号沿いで駅まで行くか
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・当時は途中歩道が切れいたためか駅まで近いのに禁止されていた国道沿いへ
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・・国道へ出た
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・この歩道を通って忠海駅までが非推奨コースだった。
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以上。

 「あいふる通り(あいふる316)」を散策していると店名が分からなくなってしまった店舗跡が数件ある。その中で店舗名が判明したものや、別店舗となったものを順次紹介する予定である。元々は「おしゃれストアー玉屋」だった場所探しから始まったのだが、今回は「いなばサイクル」、「ゴルフショップ高木」と「新潟ブロイラー」などが分かった。(2020/11/24撮影)

 先ずは「スズヤ楽器」の店舗跡。ここは看板が現存しているので特定は容易なのだが、この両隣に看板が無い店舗があった。
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 「スズヤ楽器店」跡と「カラオケ喫茶 竹の子」に挟まれた店舗跡が「新潟ブロイラー」である。なお、昭和時代には向かいには似たような名前の「新浜ブロイラー」も有ったようだ。
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 ここがその「新浜ブロイラー」跡と思われる。「青鈴」との隙間にこれまで気が付かなかった地蔵尊が・・。
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 こちらは 「スズヤ楽器店」跡の左隣りで、うっすらと「美津濃」の文字が残っている。ここは昭和時代は「村上スポーツ」だったが、平成になってから「ゴルフショップ高木」となったようだ。
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 その左隣りは店舗名は残っていないがバイクや自転車メーカー名が現存。ここは「いなばサイクル」の旧店舗で、現在は「きり屋」の向いに移転して「いなばオートサイクル」となっている。
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 肝心の「玉屋」なのだが、もしかしてここか?と撮った場所は間違っていて「いそべ衣料」であった。どうやら「玉屋」だった場所は、新日本商事の区画の角だったようで店舗自体が現存していない可能性大。追って再確認してみる予定。
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 なお、現在の「憩ぅ家」が「本川薬局」、昭和時代は「青鈴」が「肉八」だったり、「竹の子」の向い角が広島相互銀行がだったりと・・・これからも待ちの移り変わりの調査は続く。

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