安芸の小京都 竹原アルバム

このブログは私の故郷竹原のディーブな散策アーカイブです。 1996年から続けていた旧ホームページをブログとして継続中。 (ご注意:観光向けではありません)

2021年08月

 日本橋通りに古くからある「別所時計店」跡の「丸時計」。竹原散策中にてこの「丸時計」を見る度に脳内に「大きな古時計」の歌が流れてくるのだが今年の3月に異変が発生。いつも開いている別所時計店のシャッターが閉じられて「丸時計」が見られなくなっていた。それから2週間後にはシャッターが開かれ「丸時計」が再び見られるようになり安堵したが、今度はシャッターは開いていはいるのだが肝心の「丸時計」が無くなってしまった。(2021/08/24撮影)

 散策中にここに来た時間を記録するための恒例の撮影。
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 ・・・ん?丸時計が無いような・・・。
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 丸時計が無い・・・。
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 とうとう「丸時計」が壊れてしまったのか、修理中なのだろうか・・・・。本日、再確認のためにこの通りに寄ってみた時はシャッターも閉じられていた。


 前回、この辺りの散策でここを訪れたのは今年の3月。一時的にシャッターが閉じられて「丸時計」が見られなかったが、その十数日後にはシャッターが再び開いて「丸時計」が確認できた時の写真がこれである。(2021/03/14撮影)
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 ちなみに「別所時計店」(べっしょ・とけいてん)の正式な店舗名は分かっていない。「別所メガネ店」とか「別所時計メガネ店」とかも聞いたことが有ったが、昭和30年代の正式名称は「別所時計眼鏡院」であった。いかにも「職人気質の店主が、片目に拡大レンズ(黒い筒に凸レンズ)をはめて、裏ブタを開けた腕時計の歯車をピンセットで触っている様子」が浮かんできそうな店舗名である。実際、私がここへ父の形見の腕時計を修理しに持参した時はこの通りだった。(ゼンマイを巻く際に空回りしていた龍頭と、歯車の軸受けルビーを一部交換)

 以下は、以前に図書館で借りた「竹原市の展望」(発行:中国観光地誌社/発行日:昭和34年8月5日)のP15とP33に載っていた「別所時計眼鏡院」の広告である。(読みが「・・・がんきょういん」なのか「・・・めがねいん」なのかは分からず)

 現在の建物は本広告の写真と同じ。「米国時計学会日本支部会員 日本眼鏡士」が興味深い。
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 再び、あの「丸時計」が復活することを切に願っている。

 先週末にFM広島を聴いていると「8月の大雨で呉線糸崎~竹原間が運休」。先月の豪雨災害後に三原~広区間が運休となってJR代行バスが走っていたが、今回の大雨では呉線のどの辺りに運行障害が発生したのであろうか?先月の豪雨では、呉線が河川底下を走る福田町の東川護岸が崩落して現在も復旧工事中。そもそも呉線なのに三原~竹原間ではなく、運休範囲が山陽本線の糸崎まで波及しているということは三原駅周辺で障害が発生したのか、それとも呉線ルートには竹原~糸崎間を直行する便もあるのだろうか?テレビのニュースでも運休の原因となっている区間については触れられていなかった。

 ならば竹原駅を直接訪れてみれば運休原因について説明の貼り紙があるだろうと・・・竹原駅へ。ロータリーの信号を待っているとド派手な観光バスが通過。道の駅にも観光バスが停まっていたのでその連れなのか?(2021/08/24撮影)
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 ・・・と眺めていたら竹原駅ロータリーへ入り始めた。
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 もしかしたらこれはJR代行バスなのか?7月豪雨時にも観光バスが代行運行していたが・・・。
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 「おかえりなさい」でバス停車。7月に見たド派手な代行バスは「BINGO STAR」だったが、これは「ROSE STAR」なので福山市のバスなのだろうか?ネットで調べると「BINGO」と「ROSE」共に福山市にある中国バスの車両であった。これまで「備後圏域」は岡山県だとばかり思っていたが、広島県の三原市・尾道市・福山市・府中市・世羅町・神石高原町が含まれていたことを今初めて知る。
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 バス到着と同時に広方面からレッドウイングが竹原駅に到着。なぜか行先表示は「竹原行」ではなく「三原行」だった。代行区間も含めた表示であるなら「三原」ではなく「糸崎」にすべきではと重箱の隅。
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 到着した電車からは竹原下車の乗客と代行バスへ乗り換える乗客が降りて来ていた。駅員しバス運転手が乗換客をバスへ誘導中。
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 たぶん案内表示に障害区間が書かれているであろうと暫く眺めていたが、スクロール表示される運行状況は山陽本線ばかりで諦めた。
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 時刻表にも何か貼られている。
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 これは運休を知った時にスマホで調べた既読のものだった。障害場所については書かれていない。
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 駅舎出入口の立て看板にも貼り紙。
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 その後、JR代行バスは道の駅の交差点を右折し、終点の三原駅を目指すようだが、呉線不通区間として報道されていた糸崎駅までは行かないのだろうか。
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 結局、「当面の間、運休のため・・」となってしまった災害発生場所が何処なのか分からなかったが、21日の中国新聞ネット記事にその詳細が書かれていた。帰郷してからは新聞を定期購読していないので分からなかった。その記事は「JR呉線の三原―竹原、大雨でまた運休 工事長期化、再開見えず」(中国新聞 2021/08/21記事)。
 その場所はまたもや竹原市福田町の東川。7月の豪雨災害で現在復旧工事中の現場にて護岸や川底が8月の豪雨で再び被害に遇い、工事完了の目途が立っていないとのことであった。

 その復旧工事が始まって約1ヶ月が経過し、そろそろ完了間近と思われ撮った8月15日の写真がこれ。黄色のユンボが停まっている場所の川底下を呉線が走っている。この時点では未だ呉線は運休していなかったが、護岸に再び黒い大型土のうが積まれていたことから復旧工事は「元の木阿弥」状態になってしまったようだ。(2021/08/15撮影)
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 8月20日から再び始まった代行バスの運行、呉線は雨風に弱いとは聞いていたが、東川だけでなく賀茂川や本川などを幾度も跨ぐ呉線、このような光景を毎年見なければならないのだろうか。

 久しぶりに保存地区を散策。時おり小雨が降る曇天の平日、コロナ対策の「まんえん・・・」実施中の最中のせいか、閑散とした下市上市の通りには観光客は疎ら。竹鶴酒造辺りから通りを眺めると5,6名程度であった。(2021/08/24撮影)
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 竹鶴酒造の壁に鮮やかなポスター「酒票の美」が貼られていた。
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 「酒票」とは一体?その下に「サケノラベル」、左には「文字と意匠」と書かれていたので酒瓶に貼られるラベルの展示会であることがすぐに解った。
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 本ポスターは熊野筆で全国的に知名度が高い熊野町の「筆の里工房」での企画展のものである。酒瓶ラベルだけでなく酒樽貼りも展示されるようだ。
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 当ブログでも竹原の11蔵(現在3蔵)における各代表銘柄を調べて載せたが、広島県内全域が対象であれば、もしかしたらその11蔵の意匠ラベル(実物)も何枚か観られるかもしれない。場所が少々遠いのだが、竹原の酒造銘柄の有無次第では行ってみたい気はする。
 だが、明日以降から「まんえん・・」が「緊急・・」に変るようなので、企画展の本期間での開催が危ぶまれるであろう。その前に竹原市外への移動どころか最悪は「おうち」から外へも出られなくなる日もあるやも。

 国道2号線の仁賀口(県道330号起点)辺りを走る際に、まるで「キリン型ロボの群れ」のような高所作業車が並ぶ光景が目に飛び込んでくる。ここは「トヨタL&F」の全国拠点における「トヨタL&F広島株式会社」の「竹原工場」敷地であり、他にもフォークリフトや巨大な空冷装置などの各種リンタル・リース・中古品が所狭しと並んでいる。(2021/08/22撮影)

 国道2号沿いからは、このような光景である。(流れに乗った走行中では巧くキリンロボが写せなかった)

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 県道330号起点(終点)からはこんな感じ。
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 賀茂川沿いの道からの眺め。まるで「キリン型ロボット」が群れているような、一度見たら忘れられない程のインパクトである。
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 このレンタルの高所作業車、数えられない程の各種台数が揃えられている。これほどの数があるからには需要も多いのであろうが、これまで私はこの作業車を建築場所などで見たことがない。


 L&F広島の竹原工場が新規開設されたのは2012年5月。場所は国道2号線の西野町で、かつては「ホテルロイヤル竹原」が在った敷地である。ホテル廃業後の敷地に「ワコー」が「ハイパーコンビニエンス ユース」を開業し、その後、ホテルの廃墟を「業務用厨房・スチール事務用品など」の買取センター」として再利用。数年後、一旦更地となった敷地に「トヨタL&F広島」の竹原工場が新設された。

「ホテルロイヤル竹原」の国道沿い看板と建物、これを撮った時には既に廃業。(1997/01/06撮影)
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ホテルの看板と建物が残された状態でホテル敷地内にワコーのハイパー・コンビニエンス「ユース(YOUTH)」が新規オープン。(1997/01/06撮影)
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 この状態が数年続き・・・(1999/05/08撮影)
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ホテルの建物が半解体されて買取センターとなった。(2003/12/27撮影)
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 その後もホテル廃墟は買取センターとして利用されていたが・・・・・(2009/01/02撮影)
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 ワコーが竹原から撤退?した頃に更地になっていた。一時的に国土交通省か何かの敷地だった時期を憶えているのだが写真が探し出せない。(2010/10/02撮影)
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 この2年後、この更地へ「トヨタL&F広島株式会社 竹原工場」が新設され今に至っている。

 「本川の水位計と河川カメラ」に続いて賀茂川(仁賀ダム除く)も調査完了。

(1) 「賀茂川 竹原市西野町(相生橋)」の河川カメラ(2021/08/22撮影)

 河川カメラの設置場所はホテル賀茂川荘の手前にある相生橋近くである。国道2号線の仁賀入口からコンビニ裏側の土手を賀茂川沿いに走ると相生橋に到達。カメラはこの相生橋を撮影している。
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 ここが仁賀からの賀茂川に架かる相生橋。向こうの植込みがホテル賀茂川荘である。
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 橋から下流側を向くと法面の際にソーラーパネルが付いた装置があり、これが河川カメラ設備である。法面には水位センサらしきものは無かったので水位観測兼用ではないようだ。
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 本川の河川カメラと同意の装置で、カメラとLEDライトが装備が付いた無線による画像伝送式仕様。
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 柱には水位センサのケーブルを通したパイプが無いことからカメラ撮影機能のみ。
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 本川の箱は対岸から遠くて読めなかったが、ここは正面と側面に本機器の説明とQRコードが描かれたシートが貼られていた。
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 本川の河川カメラでは銘板をクッキリと写せなかったが、本装置には「SESAME-SYSTEM」と書かれていた。これは「株式会社みどり工学研究所」の製品で水位センサが無いことから「SESAME-CAMERA」と思われる。水位センサ付の危機管理型水位計(カメラ併設型)であったなら、ここの水位も同時に測れたであろう。


(2) 「賀茂川 竹原市新庄町(町田橋)」の水位計(2021/08/22撮影)

 設置場所は国道432号の小早川神社バス停から賀茂川に架かる町田橋の西詰にある。

 この橋が「町田橋」である。橋の向こうに見える白い建物が水位計の設備。
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 町田橋の下流側には、現在建設中の竹原バイパスになる砂原橋。
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 上流側の賀茂川沿いには荘野の古い街並みがある。
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 これが水位計の測定置を無線で飛ばす伝送装置が納められた建物。
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 無線アンテナの支柱。八木アンテナの向きは竹原市内では無さそうだ。
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 壁には「新庄水位局 広島県水防テレメーター」のパネル。
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 水位センサーは町田橋中央の橋脚に取り付けられていた。本川の水位計横に取り付けられていたような水位が目視できるメジャー板は見当たらなかった。
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 水位を測るには賀茂川に葛子川と田万里川が合流するかは幅の狭い賀茂川中学校辺りが良さそうに見えるが、この辺りはよく氾濫する場所なのであろう。


(3) 「賀茂川 竹原中学校(朝日橋)」の水位計併設河川カメラ(2021/08/22撮影)

 設置場所は賀茂川の朝日橋を渡って竹原中学校の土手にある。写真中央に見える白い箱付きの支柱が装置である。
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 これはソーラーパネルによる給電ではなく中国電力の電柱からである。
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 箱には水位計や監視カメラのような装置名ではなく業界専門用語と思われる「機側装置」と書かれていた。(カメラ装置やセンサ装置と電源装置が接続される箱が機側装置なのだろう)
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 支柱上部にはカメラと赤外線ライトが載せて有り、宗背後には保護板もある。隣りの電柱から100Vが給電されている。
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 設置台の裏には水位センサらしきものが見当たらなかった。
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 製造は三菱製のようであるが、管理機関名やシステム名(広島県河川防災情報システム等)は見当たらなかった。
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 支柱に水位センサが見当たらないことから、センサは賀茂川の法面にあるのだろうか?支柱から地面へパイプが1本埋まっていたが、法面にはそれらしき物が見当たらなかった。
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 この蛇腹内にセンサが入っているとは思えない。(水位ならば垂直のハズ)豪雨でここへ流れ着いたものであろう。
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 河川カメラ設置場所からの賀茂川と朝日橋の様子。
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  この河川カメラと水位測定結果が観られる「賀茂川河川監視カメラ」のサイトのトップは、広島県河川防災情報システムなのだが、広島県の設置場所マップにはこの場所が掲載されていないのが摩訶不思議である。

(4) 「賀茂川 竹原市竹原町(賀茂川大橋)」の水位計(2021/08/21撮影)

 設置場所は、西小学校から塩町へ渡る賀茂川に架かる賀茂川大橋の東詰。水位センサの形状を予め知っていたことで設置場所は即判明。三井の煙突が見える辺りの法面にパイプ状のものが見える。
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 水位センサは他の場所とは異なり、主/副か通常/予備の2本構成のようだ。いや、片方は目盛板だったようでもある。
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 賀茂川大橋の上流には呉線の鉄橋が見える。
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 この支柱がある設備が水位観測場のようだ。
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 八木アンテナは、新庄局とは異なり南側の瀬戸内へ向いている。
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 この設置場所の高さでは、賀茂川が氾濫すると浸かるのではと要らぬ心配。
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 名称は「竹原水位局 広島県水防テレメータ」。新庄局の「テレメーター」とは設置時代がかなり違うのか、装置のカタカナ表記が「ター」では終わらない国の表記仕様。屋根には雨量計らしきものもある。
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 これが水位センサである。中身はフロート型なのか導通型なのか・・・。
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 水位情報サイトに掲載される断面図は水位センサが取り付けられたこの場所となる。
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 以上の4カ所が、仁賀ダムを除いた賀茂川の水位計と河川カメラの設置場所である。竹原市内には河川以外に道路状況、ダムのカメラもあるので追加調査の予定である。個人的には、いつでも朝日山と普明閣が眺められるライブカメラが欲しいのだが、尾道のように観光地用としてのライブカメラを自治体で高所に取り付けてくれると有難い。

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