安芸の小京都 竹原アルバム

このブログは私の故郷竹原のディーブな散策アーカイブです。 1996年から続けていた旧ホームページをブログとして継続中。 (ご注意:観光向けではありません)

2022年07月

 本日は参議院議員通常選挙の投票日。今回の選挙では「たけのこ こども園」が第1投票区投票所となった。これまでは西幼稚園の遊戯場が投票所として使われていたが、これからは「たけのこ こども園」が投票所となるのであろうか・・・そうであれば西幼稚園の遊戯場の壁に掛けられている巨大な動物絵画はもう永遠に観る機会は無いであろう。この動物絵画は旧西幼稚園の時代から引き継がれた思い出深いものである。(2022/07/10撮影)

 予め投票所の変更は知っていたが、根古屋でのランチのあとに閑散とした西幼稚園を覗いてみたら門の扉に貼り紙を見付けた。
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 間違って西幼稚園を訪れた投票者への案内板であった。今回私が確認をし忘れた駐車場側から入ることも付け加えられていた。
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  投票はランチ前に済ませたのだが、これまで通りに園庭内が臨時駐車場になっているものと裁判所側から訪れたら閉門状態。広い駐車場が園舎北側にあるとは知らず、道路上で暫く途方に暮れてしまった。もしかしたら裏側に臨時の駐車場があるかもと、ぐるりと回ってみたら立派な正面玄関と数十台停められるアスファルト舗装の駐車場が見えた。
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 駐車場に停められている車両は数台のみで閑散としていた。煮えたぎるような炎天下の駐車場ど真ん中へ停めて玄関へと入ると園舎内は涼しい~。いつも通りの手順で受付を澄ませて投票へ・・・・。
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 まさかこちら側に正面玄関と駐車場が有ったとは・・・・。こちら側は通園路なので車両での進入を避けていたので知らなかった。どおりで保護者による送迎の光景を園庭側で一度も見掛けなかったはずである。
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 それではナゼ?投票所が今回(から?のみ?)変ったのだろうか。これまでの投票所(遊戯場)を思い起こせば、真冬は数台の石油ストーブが焚かれ、蒸せるような真夏は数台の建築現場用扇風機が激しく回っていた。「たけのこ こども園」の玄関に入って不快感を全く感じなかった訳が分った気がする。不快な西幼稚園の遊戯場で動物絵画を観ながら投票するか、それとも快適な空調が効いた「たけのこ こども園」の園舎で投票するか・・・動物絵画を「たけのこ こども園」へ移設してもらえたなら全てが解決する。

 本日、昨年に続いて今年も「たけはらプレミアム商品券」を購入した。購入予約は個人単位で金額に制限があったと思うが、予約すると引き換え指定日が書かれた引換券が届くので、なるべく指定日に引換券及び現金と引き換えに商品券を購入する手順であった。
 引換場所は竹原市民館だが代理で家内に購入してもらったので、館内での様子など詳細は分からない、(2022/07/09購入)

 帰宅するとテーブルに以下のセットが置かれていた。窓付き封筒は引換券と取扱加盟店一覧等が入っていたものであろう。他にピンクのA5判クリアファイルと竹原市商工会議所の茶封筒。商品券は引換券が入っていた封筒に入れてあった。茶封筒は何だったのかあとで訊いてみよう。
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 これらが引換券と加盟店一覧等が入っていた封筒とその中身。右端が引き換えた商品券である。今回買ったのは1冊(1万円×13枚綴り)のみ。
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 この竹原市消費生活相談室のクリアァイルは商品券を入れて保管しておくものだろうか。昨年はマスクケースとしても使える竹原市特製の「たけはらを盛り上げよう」デザインが描かれたものだった。
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 そしてこれが「たけはらプレミアム商品券」。昨年は「かぐやパンダ」などが描かれた横型券であったが、今年は「かぐやパンダ」がなぜか省かれた縦型券へと変っていた。
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 さて、この商品券(地域店限定券7枚と全店共通券6枚)で何を買うかだが・・・・。実家をリフォームしてもらった地元の工務店が加盟店一覧に載っていれば、豪雨災害に備えての追加工事をしてもらうために数冊を買う予定であったが見つからず。今回の購入は市内での食べ歩き用として1冊のみの購入とした。
 改めて取扱加盟店一覧を隅から隅まで確認してみて業種の幅広さに驚いた。これならば使用期限は年末までなので食べ歩き以外でも使い道があったはずであり、もう1冊ぐらいは買っておけば良かった。
 それと全店共通券の利用可能店側に「休暇村大久野島」があるのだが、地元竹原の施設ではなく東京都に主要事務所をおく一般社団法人休暇村協会の施設であったことを初めて知った。

 東野町金九郎から青田までの市道を走っていると城址のような立派な石垣に目を惹かれるのだが、そこが何だったのかいつも思い出せないでいる。石垣の前に説明板はあるものの、その史跡の名称が寺島屋敷・・・・いや、手島屋敷だったか・・・誰が住んでいた(今も住んでいる?)屋敷だったのか?・・・と、その石垣よりも敷地の奥にチラリと見える屋敷の建物のほうが気になって仕方がない。(2022/06/28撮影)
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 まるでここに城が建っていたのかと思える立派な石垣。
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 そしてこれが竹原市観光協会による説明板。
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 城址ではなく武家屋敷、「西殿屋敷(にしんどんやしき)」と呼ばれていたとある。木村城の西側にあるから西殿?手島氏が受け継ぐ前には誰が住んでいたのだろうか?竹原小早川氏は木村城ではなくこの屋敷を住まいとしていたのだろうか?だが「候補」なので実際に住んでいたようではないし、調査によれば居館と思われる候補のひとつなのだろうか?そして竹原を去った竹原小早川氏とは小早川興景それとも小早川隆景?
 大河ドラマ「毛利元就」が放映されていた頃、竹原市は小早川隆景で賑わっていた。歴史の授業やドラマが苦手だった私には難しすぎて、手島屋敷が誰の居館(候補)だったのかが分らずにいる。
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 手島屋敷の場所は竹原市観光協会による東野町北部案内図に描かれている。(2014/08/15撮影)
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 案内図には「戦国時代の武家屋敷の遺構、石垣の領袖に桝形(勝負の壇)がある。」と書かれており、小早川氏については触れられていはない。また「領袖(りょうしゅう)」の「桝形(ますがた)の(勝負の壇)」とは一体何だろうか?
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 案内図には手島屋敷以外に青田古墳や毘沙門岩もあり、10年以上前に青田古墳内部が撮影された動画を youtubeで見つけたが現在は見当たらず、20年前頃に毘沙門岩を実際に訪れてみたが、あの強烈な威圧感は忘れられない。

 私的な憩いの場であった竹原港の灯台下は金網フェンスか張られ近寄れなくなって久しいが、竹原市内には突堤にある灯台が忠海港にもあり、こちらは未だ灯台下に座って間近に迫る船舶の往来や瀬戸内海の島々の絶景を楽しむことができる。真夏には灯台下の日陰に入れば熱中症も防げるし、折り畳み椅子を持ち込まなくても灯台が背もたれにもなる。これらが釣り人が長時間滞在かるには好条件なだけに場所取りの競争率は高い。
 この日も最初に忠海港を訪れた時は数分前に先を越されてしまったが、その2時間後には誰も居なくなっていた。(2022/06/26撮影)

 ここが忠海港の防波堤。
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 灯台の後ろ側は見えないが誰もいないようだ。
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 やはり誰もいない。防波堤を独占できそうだ。
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 しまった・・・大久野島への最終便フェリーが寸前で出港してしまった。
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 ホワイトフリッパーなどの定期船なら帰港してきそうだ。
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 先客が座っていたのはこの棒、もやい綱を掛けるためのものだろうか。
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 目的の場所がここ、灯台の真下である。
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 座れる台座があるし日陰になっている。
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 竹原港の灯台には管轄である海上保安庁の鋳物製プレートが取り付けられていたが、ここには立派な大理石?に彫られた「忠海港東防波堤燈台」がはめ込まれていた。
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 数分後に定期便が戻ってきた。
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 ホワイトフリッパーだった。
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 約30分滞在して帰路へ。車を停めたのは遥か彼方の第2駐車場。のちに忠海の知人に教えてもらったのが穴場の町営?駐車場。ここから歩いて5分程度なので次回はそこを利用することにした。
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 突堤を戻っているとレールが見えた。芸南漁業協同組合の施設である。
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 船舶用の燃料スタンドもある。
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 台風時にはこのレールに台車を載せて船を退避させるのであろうか。
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 施設のフェンスに何かの注意書きがあるのだが・・・
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 遊漁者の皆さんへ・・・文字が消えかけて読めない。
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 「遊漁」とは魚釣りをして楽しむこと。これは釣り人への注意書きらしい。

画像処理を駆使して読めた部分によれば、釣竿程度ならここで釣りをしても良いようだ。
  • 撒き餌、油いか、集魚灯を使用してはいけません。
  • 潜水器(アクアラング含む)、やす(水中銃)を使用してはいけません。
  • 刺し網(投網以外)を使用してはいけません。
  • たも網、又手網を使用してはいけません。
  • マダイ、クルマエビは体長制限があります。
  • 漁業者が操業中は、邪魔しないようにしましょう。
  • かき筏を使用す時は、所有者の承諾を得ましょう。
  • みんな楽しく釣りをするために以上のことを守り、ゴミ、空き缶等をしまつしてきれいな海を守りましょう。
だが、私は釣りが苦手であり、ここで絶景を眺めながら長時間過ごせればそれでよい。

市役所の合同庁舎移転、ゆめタウン竹原が11月下旬に閉店となることで、そのまま廃墟になってしまうとあの通り(竹原中央)が寂しくなると巷では嘆かれているようだ。閉店まで未だ5ヶ月あるが、郵便局と3階のダイソーへ買い物をする際に店舗外周をぐるりと巡ってみた。(2022/07/05撮影)

 郵便局玄関から。
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 郵便局の交差点北側から。
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 市役所側の駐車場に車を停めて。
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 店舗南側口へ。
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 市役所寄りから。
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 信号を渡って正面玄関。
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 階段口。
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 振り返って郵便局側の駐車場。
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 旧住友生命側から。
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 ハローワーク側の路地へ。
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 北口。
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 ハローワーク裏側から。
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 北口の駐車場。
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 ハローワークをぐるりと回って市役所側へ。
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 名源口からダイソーへ。
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 改めて巡ってみると、駐車場を含めれば広大な施設。築43年の老朽化で改修を断念されたということで閉店となれば、空き店舗が別の商業施設として使われる可能性は低くそうだ。市役所跡も含めていずれは解体されるのだろうか。

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蔵出し写真から「イズミ」と「ゆめタウン(you me)」を探してみた。

最古のデジカメ写真。2階建駐車場が左端に写っていた。(1996/10/11)
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 2階建駐車場が平地になっていた。(1998/08/01撮影)
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 賑わう正面口(1998/08/02撮影)
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 竹原中央バス停が未だ無いような・・・。(1998/08/04撮影)
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 郵便局側Pから。(2000/06/16撮影)
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 イズミ看板下にベスト電器の看板がある。(2004/05/03撮影)
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 平川生花店ができたのはこの頃か。(2004/05/05撮影)
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 ベスト電器は3階だった。(2006/01/03撮影)
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 朝市開催中。バス停が写っている。ベスト電器の看板が消えた。(2010/05/01撮影)
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 正面口のベスト電器看板も消えた。(2013/03/23撮影)
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 市役所側P。市役所に「たまゆら」看板が掛けられている。(2013/09/21撮影)
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 ベスト電器跡にタイソーができたのか?左端にDAISOの看板が一部見えている。
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 1990年から始まった「ゆめタウン」化、この年に竹原店も「ゆめタウン」になった。(2013/12/29撮影)
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 最初に撮った夜景。(2014/01/02撮影)
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 2022年で築43年ということは1979年(昭和54年)に建てられた店舗である。手持ちの地図が最古のもので昭和55年頃のものしか無いのだが、昭和55年は「」と書かれており、昭和56年では「、日の丸写真館」、何年版かが書かれておらず分からないが電話番号が「08462-2-xxxx」から「0846-22-xxxx」になった頃の地図では「竹原ショッピングセンター」に変っていた。

-以上-

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