安芸の小京都 竹原アルバム

このブログは私の故郷竹原のディーブな散策アーカイブです。 1996年から続けていた旧ホームページをブログとして継続中。 (ご注意:観光向けではありません)

2023年12月

 新町アーケード商店街に古くからある山陽書房の建物跡に昨日から新たな動きが見られた。建物の解体なのか改築なのかは本日の夕方時点では未だ分からないが、長らく閉じられたままのシャッターが開かれて産廃が屋外へ運び出されていた。(2023/12/25撮影)

 以下は昨日午後の状態。シャッターが開かれて店舗内が見えており、本建物まで伸びていたアーケードは撤去されていた。
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 以下は昨日午前の状態。これまで営業中にしか見たことが無かったガラス戸に左右の扉、その扉の上に「山陽書房」の看板もあったことが遠い記憶の片隅からよみがえった。
#02

 本日午後には外壁看板へブルーシートが被せられており、二階まで足場が組まれ始めたことから建物全体に防塵幕が張られるようである。

 なお、湯坂の簡保センター跡が新たな洋式の宿泊温泉施設に生まれ変わるとのニュースを本日FMラジオで聴いた。来年以降は大小各種の旧建築物の動きがあるようだ。

-以上-

 2年以上前にフログ記事にした「番屋法界地蔵」だが、あれから世話人によって更に祠の周囲が整備され大切に祀られている。その法界地蔵(道標的存在か?)がある「番屋」について著書『竹原聞きある記』に書かれていたので紹介する。(2023/12/24撮影)

 この法界地蔵が祀られている祠のある一帯が「番屋」と言われる地域である。そして祠の脇に流れる本川(戸野崎川)に架かる橋が番屋橋なのだが、度重なる水害への緊急対策の為、県によって番屋周辺の河川幅拡張と番屋橋の架け替え計画が現在進行形である。この下流にある古庭橋と同様に盛り上がった形状となり、この橋の下で中通側から流れてくる番屋川と合流しているポイントも下流へ移動、小田山側からの合流は家並みを解体して幅拡張&ポンプによる強制排水式となる本川治水計画と聞いている。
#01

 新たな番屋橋が盛り上がるとこの祠も移設なりの影響を受けそうだが、元々は各河川の合流中心にそびえていた楠の下に有ったので向きも場所もここより位置がズレていた。
#02

 祠の隣りに「法界」の石碑がコンクリート敷に嵌め込まれている。
#03
 
 では・・『竹原聞きある記』(P140)に書かれていた「番屋」について以下に転記した。

------------------------(原文そのまま)
 二十 番屋の法界地蔵

 上市の北、柿井酒造の手前の番屋橋のたもとに、法界地蔵堂がある。年代は享保元年(一七一六)と刻まれている。
 近世下市村は、賀茂郡の群元で、代官屋敷をはじめ代官下役の勤番所などが設けられていた。
 現在に至る番屋という呼称は、その頃の名残りと思われる。後年この場に牛馬の市があり、大変にぎわったそうで、うどん屋、小間物屋が店を並べていたそうである。
 古老の話によれば、年に一度、牛の健康のために血液を採取して、それを飼主が今度は自分の健康のために呑んでいた。それらはすべて獣医の指導で行われていたそうである。
 ついこの間まで番屋川に橋があり、土橋のほとりには楠木が繁り、その根元に地蔵堂があって、いつもきれいな水をたたえ、子ども達はふなやドンコを追い回し、水にたわむれて、喜々として遊んでいた。現在はすっかり整理されて、昔をしのぶよすがもない。
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 この解説にも書かれているが、楠木の根元に地蔵様の祠があって、その下の川にサンダルを履いて降りて私や遊び仲間がドンコーやフナを網で追い回していたのてある。

-以上-

 昨日とは打って変わって暖かな真冬の午後となった本日は、自宅から徒歩で町並み保存地区へ出掛けた。主な目的は先週に続いての「竹すずめ」でビールを飲みながら未食のピザを食べるため。先週は小梨町への散策前での食事だったので飲酒を見送ったからである。(2023/12/24撮影)
#00

 先週訪れた際の注文ピザは「ベーコンとチーズ」であった。(2023/12/12撮影)
#01

 「あぁ~、一緒にビールが飲めたらなぁ~」・・・これから運転するので断念。
#02

 この時に本棚で見付けたのが大正時代に発行された竹原町の産業資料本(表紙を含めた前後数頁が欠落しているので名称等不明)。解説文は全て漢字とカタカナ表記で右方向からの書き順。酒造業一覧や各種店舗名がビッシリ、電話番号も2桁という竹原関連としては超レア本で、店舗への来客が珍しがって楽しんている面白い本とのことであった。
#03

 それならば・・・ということで竹原関連の超レア本を断捨離中の自宅倉庫にて本日発掘。可能であれば、後期高齢者(75歳)になった時点で竹原書院図書館や適所へ寄贈するつもりであったが、そこまで健康でいられる保証もなく前述の大正本に近いジャンルの私の所蔵本も「竹すずめ」さんへ引き取ってもらい格子窓下の本棚へ入れてもらうことにした。(以下、2023/12/24撮影)
#04

 本日のピザは未だ食べていない「明太子ときのこ」に初のグラスビールを注文。(ピサ付コーヒーは食後に)
#05

 このカリカリビザはビールに良く合う!
#06
 
 さて、予告もなく勝手に持参してきたのが以下4冊。著作権上、どれも表紙と広告掲載部分しかブログ(&旧ホームページ)には殆ど掲載しなかったものである。
(1) 「土の華」今井政之展の図録
(2) WINK特別編集 広島のオトナがこだわりの自分時間を過ごす本「再生空間 広島・備後」
(3) 「暮らしのガイドブック あなたと市役所(竹原)市制施工30周年記念」(昭和63年発行)
(4) 「観光と産業たけはら」(制作・企画 株式会社ブレーン企画 昭和57年発行 )

 先ず(1)は古本市で見付けたもので、今井氏と古くから交流のある「竹すずめ」さんこそが所蔵すべき図録。(2)は10年以上前に旧ホームページ読者からもらったもので竹原が数頁(普明閣舞台からの景観や竹原電化のキドスカープ看板など)掲載されていた。
#09

 (3)は竹原書院図書館でも所蔵されてるもの。現実とはかけ離れた「未来の竹原市」が漫画で描かれていたり、当時の市制データなどがビッシリで「つっこみところ」満載。
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 (4)は幼なじみの友人が「ネタになれば・・」と10年以上前に帰省時にくれたもの。表紙は「竹原といえば頼山陽(現在の村上ベーカリー前にあった頃の銅像)」だった古き良き時代である。観光と産業というテーマながら村田英雄の「竹原音頭」の歌詞や懐かしい竹原市内の各店舗広告が満載。竹原生まれの60歳以上であれば「懐かしさで泣けてくる」内容ばかりである。
#08

 是非、このように本を捲りながらビザとビールなどで楽しんでみてほしい。
#10

 気か付けば小一時間を過ごしていたので、食後のコーピーをすすってから普明閣の舞台へ。
#11

 この竹原格子窓越しの和傘の景観が「私のお気に入り」である。
#12

 まだ食べていないピザは「トマトと三種チーズ」のみ。過去に「喫茶プリンス」で全メニュー注文制覇にチャレンジしていたように「竹すずめ」での食事を今後もリピートしてみたい。

-以上-

 どこかの民放で菓子ランキング(日本国内?)をやっているのを途中7位辺りから視聴。自分なりに昭和を思い出しながら予想していた昭和時代のランキングが大ハズレ。昭和時代によく買っていた駄菓子系ではない「お菓子」ならば、グリコのキャラメル、アポロ、チョコボールやチロルチョコなどであったが、これらは視ていなかった時間帯かランク外だったようだ。
 そしていよいよ1位のヒントが出てから「あっ!マシュマロが挟まれた森永エンゼルパイだったのか~」と思いきや結果は「ロッテのチョコパイ・・・なんで?」とお茶の間で大ブーイング。あとで全国発売の開始年を調べてみるとエンゼルパイは1961年で、私が食べていたのは昭和時代真っただ中の1971年(昭和46年)からの発売商品であった。一方、番組に登場した「ロッテのチョコパイ」については平成時代に近い1983年(昭和58年)で日本国内での発売はそれ以後であろうか。

 どうでも良い前置きが長くなってしまったが、お菓子ネタということで今回は「若竹」の洋菓子「竹原産紅はるかスイートポテト」である。12月3日に家内が何処か(たぶん道の駅)で買って来たのだが、その日は「竹原産シール」が貼られた袋入りの「お披露目」だけであった。(2023/12/03撮影)
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 一見、紅葉の「木の葉」の形に見えたが「スイートポテト」の文字でサツマイモの形であることが分かった。
#01
 
 製造販売は田ノ浦の「若竹会」で原材料は「紅はるか(広島県竹原市産)」てある。サツマイモの産地といえば吉名であろうか?町名までは書かれていなかった。
#02

 それから午後のコーヒータイムに出たのは12月12日。
#03

 コーヒーはブラック。
#04

 香り・味と食感も「焼き芋」そのもの!ブラック・コーヒーの苦さに負けないベスト・チョイスのスイーツであった。
#05

 久しく焼き芋を食べていないが、古き良き昭和時代は自宅の庭で落ち葉を集め焚火をしながら焼き芋もつついて焼いていたのを思い出した。

-以上-

もう半月以上前の「気付き」となってしまったが、初めて「えしま家」を訪れた際に忠海港へ自動車を停めて歩いたのだが、そこで感じていた「うさぎの島への玄関口(忠海港)」への違和感。そこで過去に撮った写真(2021年改装時)を探し出して比べてみると、いつのまにか外装へ更なる改装が施されていたことが分かった。(2023/12/03撮影)

 それとこの「映える」ミニクーパーGBの登場。営業車なのか送迎車なのかは未確認たが、鉄橋を撮影中に踏切を渡ってここに到着したので目が釘付けとなった。
#04
 
 では外装のどこが改装されたのか?以下の写真2枚が今回の改装前である。(2021/08/15撮影)
#05
#06

 二階の外壁が白からレンガ色へ塗り替えられていた。
#01

 そして西面に描かれていた黒くて四角いアイコン?3つが消されて茶色い兎とレンガ模様のような無限マーク(∞)。大久野島の外周をモチーフにしたデザインでも無さそうだ。
#02

 まともに撮れていなかったが、二階の「うさぎの大時計」の文字盤も黒からレンガ色へと全面変更。
#03

 「うさぎの島への玄関口」の公式サイトをザッと確認してみたが、この更なる改装や送迎車?についての情報や写真等は見付けられなかった。なお、外部サイトを色々と探ってみたところ今年の10月に投稿されていたSNSには正面から撮られた施設がレンガ色の外壁&大時計になっていた。

-以上-

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