2019.11.13-1
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#01:竹原市民館の横にある「かぐや姫貯水槽」(2013//03/22撮影)


 今、竹原で「かぐや姫」で連想するものといえば芸陽バスの「かぐや姫号」だが、ならば2番目は?では竹原公式ゆるキャラ「かぐやパンダ」か「竹の駅」にある胸像「かぐや姫」オブジェであろう。そして敢えて挙げるなら3番目が忠海にある「かぐや姫美術館」で4番目が市民館のこの貯水槽といったところか。

 インターネットなどまだ無い頃は、離郷してしまうとリアルタイムな竹原の様子はわからない。そのひとつが沢口靖子主演の「竹取物語」(87年東宝)で、竹と言えば竹原、竹取物語ならばもちろんロケ地は竹原の小吹に違いないと関東の映画館で鑑賞したのだが、エンドロールまで見ても竹原の「竹」の字さえ出てこなかった苦い経験がある。ドラマ、旅番組で何度も登場してきた竹原なのになぜ・・。さすがに高畑勲の「かぐや姫の物語」と竹原との関連性はゼロだったが、長澤まさみ主演の「潔く柔く」で真冬の磯宮八幡神社が使われたこと、最近では忠海が舞台の「テロルンとルンルン」など帰省して同級生に聞かなければ知る由もない。

 逆に映画に限れば1950年の鶴田浩二主演「エデンの海」に続いて忠海が舞台となった「花田少年史」やアニメ「たまゆら~卒業写真~」、上映当時は尾道の一部として竹原が扱われた原田知世主演「時をかける少女」、ドラマであれば船越英一郎や片平なぎさでおなじみのサスペンス・シリーズや実写版で北川景子主演「この世界の片隅に」については離郷して関東で暮らしていたからこそ即知り得たものもある。

 

 さて、その「竹の駅」にある「かぐや姫」だが、元々これは電電公社(NTT)郵便局となり、現在の眼鏡市場の歩道に有ったものだ。なんと!「かぐや姫電話ボックス」として尾根に載せられていたもので、のちにこれが撤去され普通のボックスに交換された際、第二の人生として「道の駅」が譲り受け店のシンボルとなったのである。最初に撮ったのがQV-10であり画質も画素数も最低だが、次の年にサンヨーのデジカメで撮った写真も見つかった。3本の竹筒自体が電話ボックスとテレホンカード自販機になっており、中央の筒の中には既に十二単を身にまとった「かぐや姫」がスッポリ入っているのが確認できる。左右のどちらかが国際電話かユニバーサルデザインだった。今にしてみれば中々シュールな電話ボックスであり、「迷走する公共デザイン」というテレビ番組で三原のタコ電話ボックスと一緒に是非を検証されたことがある。
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#02:かぐや姫電話ボックス(1996/10/11撮影)

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#05:かぐや姫電話ボックス(1997/08頃撮影)

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#03:かぐや姫の下はテレカ自動販売機(1998年頃撮影)

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#04:ETV特集「迷走する公共デザイン」(1997年3月26日 NHK教育テレビ放映)

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#06:NTT電話ボックス(2013/03/22撮影)

 そしてこれが「竹の駅」に移設された「かぐや姫」である。「竹の駅」ができた当時の写真で、スベスベ・ツルツルしており化粧し直されたのか真新しさが伺える。
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#07:竹の駅のシンボル(2003/08/09撮影) 


  竹原警察署跡に「道の駅」ができてからは「竹の駅」と混同されることが多くなり、月日は流れて季節は変り、更に10歳をとった「かぐや姫」。それなりに老けたようで、着た切りすずめの十二単は色褪せてキズだらけ。最初に撮ったNTT時代を産まれて三ヶ月とするなら今年で人間ならば23歳、時間の流れが違う天人にとっては何年分となるのだろうか・・・竹取の翁もとっくに他界して月の使者も来そうもない。
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#08:それから10年経過(2013/01/02撮影) 


 そもそも「かぐや姫」と「竹原」との関係だが、ここまで色々と書いておいておきながらその由縁を自分で分かっていないのがくやしい。単に昔から竹藪が多くて地名にも「竹」があるだけで「竹取物語」とからめていたなら弱すぎるし、沢口靖子の「竹取物語」を観てから色々と文献を調べてみたが、出てくるのは京都ばかり、竹小時代に竹原の竹も試されたと聞いていたエジソン電球の竹フィラメントでさえ竹原とは関係が無かった。

 やはり「竹原」と言えば「塩」の代名詞であり、保存地区の境界に新しく出来たホテル名に付けた「製塩町」の命名は必然といえる。帰省時に家族で忠海に出来たばかりの「かぐや姫美術館」を訪れた際、境内の福石猫に見惚れず竹原との由縁を聞いておけばよかった。そういえば「竹の駅」に「竹焼塩」が売られているので「竹原」といえば塩→竹焼塩→竹→かぐや姫で連想がつながっていたのか。まだ有った「かぐや姫」→竹→竹原→竹林→笹→パンダとなるので「かぐやパンダ」の謂われを聞くのも近道だ。