2019.11.12-1


 2008年の冬帰省、なんだか垢抜けた竹原駅を出て石段を下りようとしたら路面に「おかえりなさい」と描かれていた。これができた経緯は未だ今でも分からないが、当時は「よ~帰ってきんさったの~」と書かれるよりはマシかぐらいしか思わなかった。

 駅前交番(現在は観光案内所)近くにも同じ塗装で竹の絵が描かれており、これらの役目は信号を渡ってシオタ前から町並み保存地区へと誘う始点的なものだろうか。地元民への挨拶というより、帰省客と観光客への「おもてなし」かもしれない。帰省客が懐かしいのは当然で、観光客が「初めて訪れたはずなのに何だか懐かしい」で「また訪れたくなる(また帰りたくなる)」に気が付いた発案者がいるに違いない。それでは2008年から2015年までの変貌を見てみよう。
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#01:初めての「おかえりなささい」(2008/12/30撮影)


 初めて撮ってから2年が経過した頃はもう誰も関心が薄れたようだったが、のちにこれがアニメファン巡礼撮影ポイントのひとつとなる。それを何となく予感できていた2010年末の帰省だったので、初回撮影は「おかえり・」で切れていたが「・・なさい」まで入いるようにした。なぜ正面ではないかというと単純にフレームに入り切らなかっただけのこと。 
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#02:2年後の「おかえりなさい」(2010/12/29撮影) 


 それから2年経った2012年、年明けの帰省では何だか薄くなっていた。踏まれすぎて擦れたか。でもこれを撮る来訪者はまだ多く見かけた。
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#03:更に2年後、なんだか薄くなった(2012/01/04撮影) 


 更に2年後の2014年正月の帰省、何だが以前とは雰囲気が違っていた。路面に描かれていた文字は微妙にトメハネが異ったエンボス文字へと代わり、点字ブロックと御影石風の敷石が敷かれており、文字の位置まで上側にズレでこのままで現在に至っている。ここ数年は駅を何度も出入りしても、これを撮る来訪者を見かけなくなった。 
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#04:二代目「おかえりなさい」(2014/01/03撮影)

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#05:それから1年後の「おかえりなさい」(2014/12/30撮影) 


 これが撮っていた最新の写真。「おかえりなさい」がフレームに収まっているのは、要らぬことをしなければワイドに撮れるスマホが手軽だとわかってきたからだ。これまでとの違いは横縦比16:9。手持ちのコンデジは記録機能がまた壊れかけているし、大げさなミラーレスは保存地区以外では出し辛くなってきた。
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#07:それから1年後(2015/12/31撮影)