2020.02.05

竹原帰省時の収集品の中に「東永谷製鉄遺跡」のリーフレットを見付けた。初めて聞く竹原の遺跡(たたら製鉄)である。この遺跡が発見されたのは2002年で、場所は大井から宿根へ朝日山への登山道の途中。このリーフレットは「東永谷製鉄遺跡保存会」が作成したものである。
 遺跡の写真を見ると確かに「たたら」の構造である。平成14年に大井谷の山に転がる「鉄かす(製鉄の不純物)」が見つかり、広島大学へ調査依頼をしたところ中世のたたら製鉄跡が発見されたとの経緯が書かれている。2008年に竹原市の史跡として指定され、この遺跡は瀬戸内沿岸で初めて発見された「たたら製鉄遺跡」となった。15,6世紀のもので中国山地で盛んだった「たたら製鉄」が、小早川氏支配領域の大井谷で行われていた歴史浪漫溢れる遺跡のようだ。
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#01-02:「東永谷製鉄遺跡保存会」によるリーフレット

これ以上のことは分からなかったので「東永谷製鉄遺跡」をネット検索してみたところ、何と!私の旧ホームページが上位にヒットした。何のこた~ない、2014年のGWに朝日山への登山道入口で「東永谷製鉄遺跡」と書かれた看板を発見していた。その看板がこれである。しかし、全く覚えていないとはつまらんのぉ~。これでは何も分からないが著書『平成14年竹原市で出土の「東永谷製鉄遺跡発掘概要」』が有るようなので竹原書院図書館にあるか調べてみることにしよう。この看板には「宿長谷遺跡」も書かれている。「永谷」に対して「長谷」とはややこしい。下野町「大井」が昔は「多井郷」だったのもややこしいのに・・・。この「宿長谷遺跡」とは一体何だろう。ネット検索したところ再び私の旧ホームページでの「何だこれ?」だけがヒットした。
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#03-04:「東永谷製鉄遺跡」と書かれた看板(2014/05/05撮影)