安芸の小京都 竹原アルバム

このブログは私の故郷竹原のディーブな散策アーカイブです。 1996年から続けていた旧ホームページをブログとして継続中。 (ご注意:観光向けではありません)

ストリートビュー

 大井地区で街角アート作品を見つけた。一般民家の塀と思われるが、文字と四角形はタイル貼りで片仮名と年齢を添えた青と赤い手形が多数描かれている。手形は実際の掌スタンプではないようで手描きによるものだった。廃校となった大井小学校の生徒による作品と思われたが、年齢は3歳から17歳までが確認され、「2006」のタイル文字があることから大井小生とは無関係で2006年の制作と思われる。(2024/03/19撮影)
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 場所は大井郵便局から東へ50m程度だろうか。国道185号線沿いの裏路地である。
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 写真ではボケて読めないが、「やくそくてがた」の横に「毎日あいさつする」や「せんせい毎日ありがとう」の文字も書かれていた。
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 写真には撮っていないが、更に上段の小路にも1本の樹が描かれている同様の白いくて長い塀がある。

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 本日も電動アシスト自転車で夕方から散策。遠出が可能となったことで「向島児童遊園地のブランコ撤去」の記事にmichaelさんからコメントを頂いた「ゴリラ公園」を訪れてみた。(2024/03/19撮影)
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 場所は丸小山市営住宅の区画内。ハチ側から賀茂川土手伝いに西小がある賀茂川大橋を渡らずに直進。
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 舗装道路を道なりに丸小山方面へ左折。
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 丸小山を目指して直進すると・・・
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 金網フェンスに囲まれた広場と
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 広場の端に遊具が有る公園に到着。ここが赤矢印に「ゴリラの置物」がある通称「ゴリラ公園」である。
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 向島児童遊園地と同じライオンゴリラの置物があるが、フォルムは同じでも微妙にペイントが異なっていて顔付が全く違っていた。
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 愛嬌のあるライオンの表情には差は無いが、愛嬌のある向島ゴリラとは違ってこちらは狂暴そうだ。
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 では通称「ゴリラ公園」の正式名は何だろうか?どこかに名称プレートがないか探してみたところ青矢印に注意書きのシートを見つけた。
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 金網に隠れて読みづらいが、公園名は「丸小山児童遊園地」であり、「向島児童遊園地」と同じ「遊園地」である。この「公園」と「児童遊園地」との違いは何だろうか?ネットで調べてみると名古屋市の公式サイトに明確な定義が解説されていた。
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 公園名が分かったところで、「遊具の一部使用禁止について」の内容を読んでみると使用禁止となっているのは「2連ブランコ」と「ゴリラの置物」。ブランコは吊り部分が外されてガード枠に「きけん立入禁止」のテープが張られていたが、狂暴そうなゴリラは「野放し状態」のようであった。

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 旧山陽道を田万里町から西条へ抜けるルート走破を西野町大橋から前回試みたが、田万里町の途中で国道2号線に戻ってしまい失敗。今回は国道2号線から再び旧山陽道へ戻るルート辺りから再トライして市境を跨ぐ走破となった。(2023/06/25撮影)
 
 ルートを以下の地図で示す。右端が旧山陽道が国道2号線から分岐する始点。今回は国道から曲がり難い始点であったため、その先の並走ルートからスタートした。黄色矢印が走破ルートの竹原市部分。青矢印は西条町三永部分だが、途中からの緑線が本当の旧山陽道である。(市境は赤ラインで示した)
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 国道2号線から反れて並走し、立石神社がある旧山陽道へ。
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 立石神社から旧山陽道へ復帰。
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 あとは道なりに西条へ。
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 徐々に離合場所が少なくなるが、最後まで対向車には遭遇しなかった。
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 この辺りからは鹿が出没しても不思議ではない。
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 この先辺りから鬱蒼としてくる。
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 右の黄色い看板は「不法投棄厳禁」。
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 この辺りが市境なのだが、市境に設置されている「東広島市」の看板は見当たらない。
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 どうやら右の棒が市境を示す「しるし」と思われる。(位置的には市境のはず)
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 これで目的は達成したが、国道2号線の仁賀口(県道330号)まで走破してみた。
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 旧山陽道は国道2号を跨ぐ橋のルートとなるが、そのまま道なりに仁賀口方面へ。
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 仁賀峠から下る県道330号へ合流。
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 国道2号線に接合。
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 国道2号線には市境を示す「竹原市」の看板があるが、旧山陽道には見当たらなかったのは残念であった。市境を越えても暫くは田万里川沿いであったが、途中、道標や石碑なども見当たらなかった。国道2号が事故や災害による大渋滞や通行止めとなった時に限ってこの旧山陽道ルートは使えそうだが、考えてみれば仁賀町を貫ける県道330号があるので利用価値としては突然の緊急規制時のみであろう。

-以上-

 竹原市の国道で交通渋滞が多発するのが新庄交差点。運転中にカーラジオを聴いていると「竹原市の国道2号線の新庄交差点で三原方面への渋滞が1km」というフレーズをよく耳にする。私の場合、酷い渋滞時には旧道を西野町~東野町の旧道を迂回しているが、この交差点で国道432号への右折待ちの際に、ふと目に留まったのが竹原市内の医療施設の看板の集合体である。(2022/09/13撮影)

 国道2号を西条方面から新庄交差点にて竹原町方面への右折レーンへ。
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 交差点角にある多数の看板はその5枚が医療施設であった。
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 更に離れた場所にも1枚。
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 以下は交差点角にできたローソンの駐車場から改めてとった写真だが、こうの医院、かわの医院、日谷眼科、大田整形外科・おおた内科と中島内科クリニックの5枚が立てられていた。
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 離れた1枚が城原胃腸科・整形外科であった。
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 これだけ多数の医療施設の看板が有りながら、初期救急医療施設である馬場病院と安田病院が無いのが不思議だが、他の交差点に設置されているのは見たことがある。

 そしてここ新庄交差点では信号無視が多発しており、停止線を跨ぐ前に赤信号になっているのに強行突破する車両を、待ち構えていたパトカーや白バイが取り締まりをしている光景を何度も目撃している。
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 また、最近問題になっているのが「コンビニワープ」である。交差点角にあるコンビニの駐車場をコンビニを利用することなくショートカットして信号待ちを回避する「裏技」である。

 この新庄交差点にはかつてホテル側にコンビニが有ったが、現在は賀茂川中側の角に長尺の車両でも駐車可能なローソンができた。
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 医療施設看板を撮るためにローソンの駐車場に停めてコンビニで買ったコーラを飲んでいたところ、10分間程度で西条側から2台、竹原町側から4台の「コンビニワープ」を目撃!ここは駐車場が広大なので徐行することなく西条側への出入口へ突進。西条側からは信号待ちレーンが3列あるので以下の写真のような、ショートカットをしたものの車列が詰められて竹原方面へ出るに出られず待っているようであった。
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 私が関東で暮らしていた時は、コンビニの出入口に車列かできた際に車列に隙間を空けるとサンキュー事故(隙間に割り込んだ車両が車列脇をすり抜ける二輪や歩行者と接触など)を招く原因となるので、極力空けないようにするのが運転マナーであった。
 しかし、ここ竹原では詰めているとコンビニから出られないとクラクションを鳴らされることが一度あったので、職場の同僚に訊いてみたところ「通れるように空けておくのが常識じゃろうが」と言われた。「郷に入れば郷に従え」なのだが、新庄交差点でコンピニ出口から車両が出られるように車間を空けているのは半数程度、空けていたことで進入車が対向車線へ出られず片側3レーンがブロックされたまま信号が赤に変わることもあり、信号待ちの車列には何のメリットも無いのだが・・・。この新庄交差点がパトカーや白バイのサイレンと拡声器の声が絶えない場所であることは竹原市民の間では周知されているようだ。

 古いバードディスクのデータを整理していたら、2006年当時に帰省した際に撮った動画が多数見つかった。殆どは当時にyoutubeにて公開していたものだが、プライベートなものやボツにしたものが数本あり。今回は、必要部分から除外してボツにしたシーンに現在ではもう視られない場面が多数見つかったので、改めて公開動画に加工してみた。
 使用中の主力PCが非力過ぎて、優秀だった動画編集ソフトCDは引っ越しの際に捨ててしまったらしく、あの手この手でタイトルやキャプションを多数追加してみたのだが、当時撮影中の会話なども入っていたので無音にするのに手間取り、作業にかかった時間は5時間近くに及んでしまった。BGMも色々と試したのだが、手持ちの無償&非商用向け音源では動画に不似合いだったので無音のままとした。
 なお、2006年当時は非テープ型のデジタル動画カメラ(HDD内蔵型)が黎明期であり、この頃に使用していたのゲンコツサイズのDV5(メーカー不祥)であった。価格の割には画質や解像度は最悪であったが、軽くてポケットに入る手軽さであった。これを当時乗っていたステップワゴンのダッシュボードに取り付けて、家族旅行や竹原帰省の際に各所を撮影していたものである。

 本動画は、的場のカーブにあるキッチン・ママで昼食を済ませた後から撮影を開始し、国道185号経由で忠海へ向かい、現在は拡張整備が終わった小泉町への道路を経由して、当時新たに造られた小吹山トンネルを抜けて田ノ浦(竹小)辺りに到着したものである。
 興味深いのは、忠海駅から北への主要道路がバイパス化されておらず、ドン突きで左折しなければならない状態が撮られていたこと。竹原圏外ではあるが、小泉へ抜ける忠海本郷線や竹原三原線の道幅拡張工事が未だ終わっておらず、所々、狭くて離合場所が設けられていたことである。
 動画の所々にキャプション(簡単な説明)を入れてみたので、30分程度ではあるが是非鑑賞してみてほしい。

安芸の小京都 竹原 056 2006年GW帰省走行(的場→忠海→小泉→小吹→田ノ浦)(2006 05 01)


 8月に入ってから竹原もコロナ感染者が激増しており、極力、不要不急の外出を避けていることから目新しいブログネタが枯渇状態となっている今日この頃・・・。盆踊り大会も見当たらず、月末の花火大会も中止。残るは秋の例大祭も怪しい、初めて観られる「憧憬の路」は中止にならないことを祈るばかりである。

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