安芸の小京都 竹原アルバム

このブログは私の故郷竹原のディーブな散策アーカイブです。 1996年から続けていた旧ホームページをブログとして継続中。 (ご注意:観光向けではありません)

町並み保存地区

 開花が遅れた「宿根の大桜」と時期が重なって朝日山山頂の桜は訪れる機会が無かったし、最近見付けてメディアでも取り上げられた小梨小跡近くの色鮮やで巨大な八重枝垂桜は個人宅の庭だったので勝手に撮れず。今年の桜の話題は以下がラスト。

 桜が咲く時期の最後に桜が映える場所が町並み保存地区にあり、「桜の垂幕」「桜の絨毯」・・色々と勝手に名を付けてみたが、どれもしっくりしない。場所は「お抱え地蔵尊」がある大名谷(だいなだに)の寺山の山肌で、もう少し普明閣に近ければこの時季にメディアにも取り上げられていたであろう。(2024/04/10~13撮影)

 9時過ぎ頃から朝日が当たると、このように満開桜で山肌が真っ白になる。今年は4月初旬頃から徐々に桜が咲き始めており、雨天に洗われなければ中旬中頃まで満開状態が観られるかもしれない。
(2024/04/10 10時過ぎ撮影)
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 朝日橋から眺めるとこのあたり。
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 ズームすると白くなり始めたことがわかる。右端に見える大屋根は西方寺。
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 少し引くと普明閣もフレームにはいる。
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 左下辺りに「お抱え地蔵尊」のお堂がある。
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 二日後も左程の変化なし。(2024/04/12撮影)

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 三日後は真っ白になった。(2024/04/13 10時過ぎ撮影)
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 その日の夕方は更に範囲拡大。(2024/04/13 17時半撮影)
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 この時季には相応しくないが、やはり「桜ゲレンデ」と名付けておこう。そして「お抱え地蔵尊」が鎮座する場所の地名「大名谷」の読みが「だいみょうだに」ではなく「だいなだに」であったことが分かったので、これからは「大名谷の桜ゲレンデ」と密かに呼ぶことにしよう。

-以上-

 本日、家内が町並み保存地区の「陶工房 風土」へカンパーニュ(陶芸家 手ごねパン)を買いに訪れた際、向いの「そば處かんの」店舗跡に新店舗開店予告の看板を見付けてスマホ撮影。その店舗名は「tabenomi sumicco」でイタリアンやスパニッシュ系の洋食店であった。(2024/03/30撮影)
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 これがそのオープン予告看板。
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instagram sumicco1213 のプロフィール文を以下に転載。

tabenomi sumicco
お腹が満たされ
心も満たされる。
ワインと日本酒、食事のお店。
たけはら町並み保存地区に4月18日オープン。
定休日:火曜日
営業時間:11:00〜22:00(L.O.21:30)
広島県竹原市本町1丁目10-19

-以上-

 先週からの長雨があがった午後、大石~北崎~高崎洞門旧道~バンブー総合公園~小吹踏切~東条の高宮神社~高崎洞門側道~町並み保存地区を電動自転車で散策。その保存地区で今年開催の「たけはら竹まつり」の真新しいポスターが「竹すずめ」に貼られているのを見つけた。(2024/03/26撮影)
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 3月20日まで開催されていた「雛めぐり」のポスターが5月開催の「竹まつり」に貼り替えられていた。
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 去年のポスターの和風フォント&行列写真のデザインから、竹をモチーフにしたグラフィカルなものへ一変。
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 ポスター右下のQRコードは竹原市観光協会の公式サイト「ひろしま竹原観光なび」である。現時点での「竹まつり」の情報はここを参照。イベント項目的には恒例の行事のようであるが、誰から聞いたか忘れてしまったが、今年の「竹まつり」は1日のみだが規模縮小ではなく密度の高いイベント開催とのことであった。

-以上-

 町並み保存地区の大小路にある高棟莞也氏の木版画アトリエ跡に展示されている「江戸時代の下市村絵図(部分)」の木版画。1997年から現在までの状態を撮り続けているが、4年前には僅かに残っていた着色部分がほぼ皆無となってしまっていた。(2024/02/13撮影)
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 アトリエ跡の場所は大小路の春風館向い。
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 消火器箱の左横に木枠の額に入れられた木版画「江戸時代の下市村絵図(部分)」が掲示されている。
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 最初に撮った1997年から徐々に劣化が始まり、途中、修復や保護の手が加えられていたようだ。
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 2024年2月に撮影してみるとカラーだった木版画が、経年劣化でとうとうモノクロと化してしまった。
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 過去記事でも2020年1月3月に載せているが、それから4年が経過しており、改めてその「時の流れ」を以下に載せてみた。どこかにこの木版画の原版が残されていれば、このカラー写真を元にして復元版が作れそうだが、敢えてこのままとしておくのも良い気もする。

 今になってだが、高棟莞也氏の木版画のカラー版を観たことが無い。これは木版画なのか水彩画なのか自信が無くなってきた。
 

[1997年04月28日] デジカメ黎明期で画質は最悪だが、色合いは間違っていない。
19970428a
 
 [2001年05月03日] この格子窓の中で木版画刷りとその販売が行われていた。
20010503a

 タイトル「江戸時代の下市村絵図(部分)」部分の劣化が始まった。
20010503b


[2011年05月03日] それから10年経過しても大きな変化は見られず。
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 [2015年05月04日] その後、ビニールで覆われてたが剥げてしまい、中央画の左端が欠落して脱色が始まった。
20150504a
 
[2017年05月04日] 欠落した部分が一部元に戻されたようだ。この時点で右端以外はほぼ脱色。タイトル部分が一部剥げて元の文字が見えている。
20170504a
 
[2020年02月22日] 黒線部分の消えかけており、寺山の滲みが激しくなった。
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 [2024年02月13日] ビニール膜は完全に取れてしまっていた。元々のタイトルは枠からはみ出していたようで、別紙で貼り直されていたことが分かった。
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 以上の1997年~2024年の写真をGIFアニメ化してみると変化がよく分かる。
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-以上-

 「竹楽」へ「塩ビール」を買いに入った際、店内では「雛めぐり」の豪華な飾り雛が展示されていた。店主へ店内での撮影許可を頂いて撮影開始。(2024/03/03撮影)
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 左側には江戸時代の「貝桶」と「貝合わせ」。土間から座敷奥が遠すぎて色鮮やかな「貝合わせ」の絵は見えなかった。
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 右側には明治時代の「内裏雛」が2点。公家が花見をしている金屏風絵のほうが人形よりも際立っていた。
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 奥にも展示があるか確認しようと左手に目を向けると・・・あの「忠孝」の二文字が書かれた掛軸が飾られていた。
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 これまで何度か撮影しているが、屋内が暗すぎで失敗していた「忠孝」の掛軸である。そして今回、初めて明瞭に撮ることができた。
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 ちなみにこれはGW帰省写真に偶然写り込んでいた「忠孝」だが、下部が切れていてそもそも掛軸ではなさそうだ。この時が初めての「忠孝」写真ではあるが、ここが「竹楽」の古民家であったかは定かではない。(2006/04撮影)
200604xxa

 これは真正面から「忠孝」を撮りたくても、それを阻止する甲冑がいて撮れなかった写真。ここは土蔵の屋内扉があるので「竹楽」である。(2010/05/05撮影)
20100505a

-以上-

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