安芸の小京都 竹原アルバム

このブログは私の故郷竹原のディーブな散策アーカイブです。 1996年から続けていた旧ホームページをブログとして継続中。 (ご注意:観光向けではありません)

土曜日の実験室

 もみじ銀行ビル内(北堀)の一角に鎮座する「2番浜 北堀穀神社」。過去記事の「塩田旧2番浜跡」でも紹介したが、この小祠は旧竹原塩田が栄えていた時代の2番浜と1番浜の境(竹原商工会議所ビル辺り)の北堀土手に祀られていた。現在は銀行群が並ぶ国道185号線になっているが、この辺りも過去は塩田であったことの証しとして「もみじ銀行」(移設された当時は広島相互銀行)のバス停傍に移設され祀られている。(2024/02/04撮影)
#01

 祀られる場所は「もみじ銀行」ビルの窪んだ一角。芸陽バス停「本川通」の待合所にもなっている。
#02
#03

 本ビルは小祠を祀るために窪んた設計となったのか、バス停の待合所としてなのかは分からないが、1980年代に放映された竹原を紹介するTV番組(「いい旅夢気分」か「遠くへ行きたい」のどちらか)にて「ひっそりとビルの影に佇む塩田の証・・・」とだけのナレーションであった祠である。
#04

 祭礼日は分からないが、撮影した2月初旬は飾り物は真新しい注連縄と御幣が飾られていた。
#05

 この「2番浜 北堀穀神社」の俗名は竹原の歴史関連書物では「赤坂さま」と書かれているのだが、その由来までは全く記載がない。移設前まで祠の有った旧地名はそのままの「旧2番浜」、その後は「北堀町」であり、この「赤坂」とは何だろうか?もしかしたら祠の世話人の名かねしれない。
#06

 この解説バネルには「この祠」としか書かれておらず、旧鎮座場所も示されていない。よく見ると広島相互銀行時代にこのビルが建てられて「赤坂さま」がここに祀られたようだ。
#07

 ちなみに以下は、広島相互銀行(1951年10月~1989年1月)が未だ広島総合銀行(1989年2月~2004年4月)だった頃に撮った「赤坂さま」と解説パネルである。(1998/04/30撮影)
19980430a
19980430b

-以上-

 今週と来週は息子の引越準備で竹原散策ができないので小ネタしか無いのがつらい。

 LED式信号機への交換工事で「光海神社前」について触れたが、それについて未だ書いていなかったので早速記事にしてみた。この「光海神社前」のLED信号機は、吉名町の「JAひろしま」と旧吉名小学校跡が対面にある交差点へ設置されている。(2024/03/11撮影)
#01
 
 そもそも「光海神社」の結界である注連柱は旧吉名小跡よりもかなり離れており、これまでは交差点名としてふさわしい「吉名小学校前」となっていた。しかし、小中学校の統廃合によって吉名小は廃校となって吉名学園へ統合。その後も長らく「吉名小学校前」のままであったが、昨年のLED式信号機への交換にて「光海神社前」へと変更されていた。これに気が付いていた吉名町の住民はどのくらいいたのだろうか?
#07

 ・・・では名称変更の前後を写真で比較してみる。

 現在、交差点の北側(JAひろしま側)のLED式信号機には「光海神社前」のプレートが添えてある。(2024/03/11撮影)
#03

 至近からも撮影。
#06



 そして電球式だった頃は「吉名小学校前」であった。(2021/12/07撮影)
20211207b

 次は交差点南側(旧吉名小学校跡側)の信号機。現在は「光海神社前」になっている。
#02

 電球式の頃は「吉名小学校前」であった。
20211207a

 続いて東方面側(東条方面)のLED信号機だが、なぜだか手前の吉名駅方面も含めて電球式の頃から両方面にプレートが無い。
 電球式の頃の写真は探せていないが、投稿動画「029 あてどなく吉名町」の28:11の場面を見ると、やはり以前からプレートは無く、信号機は逆の右手スーパー「かわまつ8」前の電柱(現在は撤去)に取り付けられていた。
#04
#05


 このように電球式からLED式へ交換される際に、これまで過去の状態のまま見送られていた信号機名(交差点名)が、交換ついでに「こっそり?」と取り替えられているようである。だが、新たなLED信号機となった「竹原分庁舎前」は、新竹原市役所となる来年以後にはさすがに放置はできずに「竹原市役所前」へ即再交換せざるを得ないであろう。短い期間しか見ることができない新プレート「竹原分庁舎前」となるに違いない。

-以上-

 年度末になると竹原市内でも至る所で各種工事が目白押しとなっている気がするのだが、何らかの工事が一年中行われている道の駅から消防署までの国道185号線区間でも例外ではない。二月中旬頃で車線縮小されての工事が終ったが、それに続いて信号付近の歩道周囲で工事が再開。街路灯を柱ごと取り替えているようであったが、実際にはLED型信号機(柱ごと)への一斉交換工事であることが分かった。
 稼働中の電球型信号機柱に寄せて黒い袋を被せた新型のLED型信号機柱が徐々に立てられている。(2024/03/06撮影)
#00

 その信号機(交差点)の名称だが、新旧で信号機名が取り換えられている場所があることに気が付いた。吉名町では「吉名小学校前」(現在は廃校)が「光海神社前」に取り替えられており、この工事区間でも「福祉会館前」が「竹原市民館前」にまさに取り替えられようとしている。
#01

 確かにもう「福祉会館」は無いので、新たな信号機柱への交換に伴って現状にマッチする「竹原市民館前」にするのがベストであろう。
#02

 ・・・ならば、現在改築中で来年には新竹原市役所になる「竹原分庁舎前」の信号機名はどうなっているのであろうか?新たな信号機名が「竹原市役所前」で用意されていることを期待して、「竹原市民館前」(旧「福祉会館前」)の交差点からぐるりと回って戻ってみた。
#03
 
 これが現在の「竹原分庁舎前」の信号機であり、新たな信号機も黒袋が被せられてスタンバイ状態であった。
#04

 ・・・だが、期待に外れて新旧どちらも「竹原分庁舎前」のままであった。
#05

 新竹原市役所が完成した際には何れは「竹原市役所前」に取り替えられるだろうが、マクドナルドがある現在の「竹原市役所南」の名称はどうなるのであろうか。無難に「竹原市役所東」となるのだろうが、それとも「マクドナルド前」か?いや、「ノーベル学習塾前」?それとも「眼鏡市場前」・・・「竹原郵便局南」・・・どれも公共機関ではないので却下。個人的には「竹原駅入口」がふさわしい気がしている。

-以上-

 昨年夏のネットニュース記事で知った「宿根の大桜」の幹の倒壊。宿根を訪れるきっかけが無くて半年以上が経ってしまったが、満開の時期となった「宿根の梅林」の様子を観に行った際に思い出して立ち寄ってみたところ、集会所の駐車場からズームで眺めると末広状に4本に分かれて伸びていた幹が1本根元で痛々しく折れて倒れていた。(2024/02/27撮影)
#00

 未だ開花していない「宿根の大桜」は、駐車場からは肉眼では他の樹木と判別しにくい。
#01

 駐車場からでは周りの様子が分からない為、整備道を樹の下まで登ってみることにした。
#03

 菜の花は開花まで半分程度、大桜の満開時期と重なれば見事な春咲く花のコラボレーションとなる。
#02

 途中からもズームで確認。
#04

 「宿根の大桜」の看板へ徐々に近づいてきた。
#05
#06
#07

 倒れた幹の枝が上側の見学路を一部塞いでいる。
#08

 看板等には昨年春の満開時期から特に変った様子はない。
#09
#10
#11
#12

 見学路を行ける所までぐるりと登ってみたが・・・・
#13
#14
#15
#16

 途中から倒れた幹の枝が見学路を塞いでいた。
#17

 今年は満開時期が3月下旬かは未だ分からないが、これまでの景観とはかなり違ってくるであろう。実際に現地を何度も訪れてみないと満開クライマックスの「宿根の大桜」が観られないのがつらい。できれば昨年のように菜の花の満開と一緒に咲く絶景を観てみたい。
 なお、倒壊した幹は根元が腐朽せずに枝葉が残っていることから治療を今後も継続し、倒壊した幹の枯れた枝を除去して見学路の整備が予定されている。

 最後に満開までにそう遠くない菜の花畑、あと1ヶ月まで満開のままでいてくれると有難いのだが・・・・。
#18
#19

-以上-

 インドダイニング「ナマステ」が閉店したことを1ヶ月前に聞いて驚いたのだが、郵便局へ向かう際に店舗から少し離れた新町の専用駐車場の看板が外されていることに気付いてそれを思い出し、その脇道から店舗前に立ち寄ってみた。
 インド料理レストラン「マヤ」インドダイニング「ナマステ」になってから何度がランチで訪れているが、最近では昨年夏だったと記憶している。あの本格的なインドカレーとナンが、もう竹原では食べられないのが非常に残念である。(2024/02/23撮影)
#01
#02
#03
#04

-以上-

↑このページのトップヘ