安芸の小京都 竹原アルバム

このブログは私の故郷竹原のディーブな散策アーカイブです。 1996年から続けていた旧ホームページをブログとして継続中。 (ご注意:観光向けではありません)

2020年06月

 テレビや映画で忠海が登場する場合、二窓の呉線カーブから電車が現れて鉄橋を渡るシーンが多用される。これを至近距離から撮るには船上かドローンを撮るのがベストなのだが、船は持っていないし、架線近くでドローンを飛ばす許可など出してくれるハズもなし。・・と以前に旧HPかブログで書いた。陸からの至近距離である二窓漁港(旧東小学校南側)の駐車場を再び訪れたのだが、関係者以外立入禁止の看板が立てられており断念。泣く泣く忠海港から望遠で撮ったのがこれである。以前に撮った時は黄色や「ゆうパック」色の車両だったが、今回はレッドウイングのみだ。それに二窓漁港の閉鎖で時間帯が狂ってしまい時間帯が逆方向の三原行。今後は15分で忠海へ行けるのでマリンビュー後継車両や瑞風の走行を撮るチャンスもありそうだ。
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#01-13:二窓カーブを走るレッドウイング(2020/06/23撮影)

 インチキして写真を逆順で並べれば三原行が広行に見えるのでは?・・なのだが、赤いテールライトがしっかりと写っているのでバレバレとなる。撮る前から予想はしていたが、レッドウイングでは何だかパッとしないなぁ。因みに西条映画「恋のしずく」ではヒロインが乗った電車が三原行で呉線の二窓カーブを曲がった後、なぜか忠海港の鉄橋を渡って山陽本線の西条駅に到着だった気がするのだが。この映画、舞台は西条だがロケは安芸津の柄酒造が使われていたことを後ちに知った。そういえば撮りかけだった安芸津舞台の映画「吟ずる者たち」の進捗はどうなのだろうか?

 竹原で生活し始めて約3.5ヶ月が経った。帰郷前にはあれほど訪れていたのに、外出自粛要請のせいもあるが一度も訪れていない町並み保存地区の店舗が多数ある。「茶房ゆかり」「茶寮一会」「のんびり亭」「竹楽」そして「ほり川」である。その「ほり川」にキッチンカーが導入されたのは昨年の10月。まだ出店営業中の様子に出会えていない。サイドの扉を上下に開くと軒下とカウンターとなるようで、軒下には「ほり川」の暖簾が吊るされる仕組みのようだ。これまでブログではホクストンやスペースアンソロジーの移動販売車を「キッチンカー」と書いてきたが「フードトラック」と呼ぶのが正しいとのこと。この移動販売車による営業がメインの場合は「キッチンカー」であり、レストランや喫茶などの店舗のサテライト的営業として使われる場合は「フードトラック」となる。
 その「ほり川」の「フードトラック」が駐車場に停めてあるのを見つけたのだが、SNS等で知る限りでは「小谷サービスエリア」「めがひらスキー場」「たけはら海の駅」と「道の駅たけはら」での出店だったようだ。出店しそうだった「住吉まつり」は中止だが、的場の海水浴場はどうだろうか?早く竹原のどこかで出会うのが待ち遠しい。フードトラック限定メニューの「ほり川特製焼きそばパン」をゲットしたい。

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#01-02:ほり川のフードトラック(2020/06/16撮影)


 2016年9月30日に幕を閉じた「喫茶プリンス」だが、扉には閉店を告げるワープロ文字の貼り紙「お知らせ」が、いつのまにか手書きの「閉店中 喫茶プリンス」に代っていた。その貼り紙はこの「お知らせ」を裏返してマジックで「閉店中」と書かれたもので、何度か色褪せた文字をなぞった形跡もあった。要は「・・・閉店しました。」から放置状態ではなく、まだ「閉店中」であることが何度も更新し続けてられているということである。だが建物自体は徐々に劣化しており、その経過を定期的に撮り残しておくことにした。

 枯れた蔦が徐々に茂ってきており、緑のテントは色褪せ、もう誰も住んでいないことが外から感じ取れる。また、少し離れた場所だった駐車場は「ボタニカ」や「!NIPPONIA HOTEL」用にと変わっていた。
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#01-09:喫茶プリンスの現状状態(2020/06/16撮影)

 最初の「閉店しました」が「閉店中」・・「閉店中」・・「閉店中」となっていたのだが、いつかこれが「営業中」に変わることを切望している。

 昨年の夏、竹原町から自転車で忠海を訪れた時は、大久野島への観光客が桟橋から100m程度の列を作っていたがコロナ禍のせいか閑散としていた。既に「うさぎ島」へのインバウンド来島ブームも下降の真っ只中なのか、シャトル船やフェリーの乗船時間帯外だったのかもしれないが・・。
 忠海港の西側突堤から桟橋付近を眺めると見慣れないモノトーン調の建物があるので駐車場へ車を停めて徒歩で桟橋まで訪れてみた。
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#00:忠海港(2020/06/23撮影)

 一度、国道まで通り過ぎてからじっくりと撮影した忠海港の変わり様を紹介しよう。レインボー食品工場前の国道からの入口の看板はこれまで通り。「うさぎ島」などの変更や追加看板などは無さそうだった。
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#01:忠海港入口(2020/06/23撮影)

 呉線踏切も特に変わりなし。忠海港のシンボル燈籠も昭和時代から健在である。
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#02-04:忠海港入口(2020/06/23撮影)

 燈籠を右に曲がると桟橋には誰一人いなかった。昨年の夏は外国人がかなり混ざった「長蛇の列」ができていた。船の時刻表を見ると訪れていた正午前後には出航する船は無かった。
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#05-07:忠海港の桟橋付近(2020/06/23撮影)

 無人だった乗船チケット売り場も建て替えられており、中には天ぷらなどの売り場も見える。マップ看板を見ると乗船待機駐車場と一般駐車場、それとこのチケット売り場がまとめて「みなとオアシスただのうみ」と名前が付けられており、なぜか「うさぎ島」の文字は皆無。たぶんブーム以前に造られたものであろう。
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#08:忠海港のマップ(2020/06/23撮影)

 チケット売り場の東側からの様子が激変。昔はここに何が有ったのか船を待つためのデッキシートだけの待合室だったような違ったような。突堤から見えたのがモノトーンの建物がここに新築されていたのである。まずは待機場に停められていたこのド派手な車なのだが、最初は「うさぎ島」の個人ギーク車に思われたが、車体のカラーリングと描かれたデザインが建物と同一。もしかしたら忠海駅までのVIP送迎車かもしれない。
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#09-11:送迎車?(2020/06/23撮影)

 訪れた時は昼間だったがシャトル船が停泊しているものの出航する様子なし。忠海港の突堤を訪れた目的は忠海港に出入りする船舶と二窓のカーブを走る呉線を撮るためだったが、1時間程度滞在していても船の出入りなしだった。
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#12:桟橋(2020/06/23撮影)

 そしてこれが新たにできた建物だ。名称は「うさぎの島への玄関口|忠海港」と思われる。建物内は「うさぎ島」をモチーフとした土産物やグッズが販売されており、乗船待合所を兼ねた喫茶コーナーのようなものもチラッと見えた。また、うさぎの写真を背景に記念撮影が行えるスポット。ここから国内外へ手紙が出せる赤ポスト?のようだが「うさぎの島恋文集箱」と書かれているし赤ホストではなくピンクと白のライン。回収時間表も無さそうである。そして端っこには「CAFE HOXTON」の出張店舗?もある。クレープ、ヒザやビールが買えるようだが、この時は扉が閉まっていた。
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#13-17:うさぎの島への玄関口(2020/06/23撮影)

 以上、ここが忠海とは思えないようなオシャレに激変していたのだが、詳細情報が分かる公式ホームページ「うさぎの島への玄関口|忠海港」が有ったので参照されるとよい。しかし、これまで私は「(大)久野島」がSNSで「モフモフ」ブームに火がついてから「うさぎ島」と呼ばれるようになったんだと思っていたのだが「うさぎ島」が正しいようである。

 これは、もみじ銀行(旧広島相互銀行)の芸陽バス停(本川通)にある石造の祠である。未だ広島相互銀行だった頃に旧ホームページにも載せたが、この祠の解説板に描かれた竹原の塩田地図が詳細すぎて興味深いのである。
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#01-03:もみじ銀行の塩田跡(2020/06/16撮影)

 この説明板のタイトルは「旧2番浜跡」だが、これだけでは何のことかサッパリだろう。この銀行がある辺りは竹原の旧塩田跡地だった場所で、塩田全体は細かく区画されており、ここは一番浜と二番浜の境界付近だったらしい。一番浜と二番浜の境の土手に有ったのがこの祠ということである。当時の位置そのままなのかズレているのかまでは分からないが、塩田の守護神のようである。説明文の右隣りに地図が描かれているのだが、どこら辺りに祠が有ったのかの印はない。
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#04-05:解説板(2020/06/16撮影)

 地図のみの画像を拡大すると分かるのだが、一番浜と二番浜の境界は「創建ホーム」角から日の丸写真館辺りまでの「新町」の通りのようである。現在の新町交差点から「あいふる316北」までとなるので祠が有った位置と「もみじ銀行」はズレがあることが分かる。
 祠の位置よりは地図に書かれた地名が興味深い。この境界の土手は「旧明神道」、新町交差点~住吉神社の旧国道185号の付近に流れている「セド川」(背戸川)、創建ホームから神田もち店辺りの旧地名「北ホリ」(北堀)、消防署がある山(近九郎風伏山)、江戸堀沿いの道(明神道)、本川商店街~内港辺り「本川ホリ」、三井金属辺り「ナカホリ」、アヲハタ辺り「コイトコホリ」などである。また、呉線も引かれており、賀茂川は「成井川」となっている。この地図は明治43年当時の竹原塩田図で、昭和生まれにしか通じない懐かしい地名などがたくさん見つかるのである。

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