西野町から田万里を走行中に見かける看板「お好み焼かも川」。あれからもう30年以上前になるか、関東から自動車で帰省した際に一度だけここのお好み焼きを食べに家族で訪れた事が有った。それ以来、帰省時に何度もここを訪れるも、盆正月の時季のせいなのか一度も営業中の機会には恵まれなかった。
確か、ここ「かも川」は水を注ぎキャベツを無理やり押さえず、キャベツ自体の水分だけで蒸して仕上げるスタイルで有名だったと記憶している。これが本場広島での「お好み焼」の作り方だとか、押さえて蒸すのは邪道だとか、そもそも「お好み焼」を「広島風」や「広島流」とか「広島焼」などと一言でも語れば見知らぬ広島県人に「ぶちまわされる」とか・・まことしやか・・に言われていた懐かしい時代であった。
今回も西野町から田万里へ向かう際にこの看板を見かけたので、戻りの際に駐車場へ入って停めてみたが、入口に何かの貼り紙かあるものの、わざわざ石段を上がって読むまでもなく暖簾が掛かっていないので営業中の感じでは無かった。コロナ感染対応で休業中なのか、たまたま定休日だったのか、どこかへ移転したとの告知だったのか訪れた際に見ておけば良かった。(2021/07/27撮影)
この通り、入口扉には白い貼り紙(小さな文字で何か書かれていた)
ここ「かも川」には右隣りにも建物が有る。確かここは一時的に「喫茶すずめのお宿」という併設店舗だったと思ったのだが、看板を見ると「珈琲館かも川」と書かれていたので記憶の間違いか。ここも営業中ではないようで、入口にはつまづく様な棒が置かれていたことから長期間営業されていない雰囲気が漂っていた。
帰って最新の「竹原うまいもんマップ」冊子を開いてみたが「かも川」は載っていなかった。ネット版の「お好み焼」店舗一覧にも見当たらず。(加盟店のみなのか、知っている店も載っていない)
これは「かも川」を撮った最古の写真1997年当時の様子である。(1997/01/06撮影)
これは営業中を撮った最後の写真である。この色褪せた看板は現在の看板「お好み焼 一品料理 かも川」とは異なっており、「珈琲館かも川」の看板もある。(1999/05/08撮影)
店舗入り口には赤い暖簾も掛けられており、こだわり店の噂を聞いてかツーリング客も立ち寄っている。あれっ!?左端の看板上に「広島焼?」の文字が写っているが、地元広島の一流店でも「広島焼」を使っていたのだから、やはり1980~90年代当時に「ぶちまわされる」のはウソだったようだ。
今更だが「かも川」は何と読むのだろうか?「かもがわ」なのか「かもかわ」なのか?料亭や小料理店ならば濁らずに「かもかわ」となる気もするが、賀茂川と何か関連があるのか?だが「かも川」の道路向いに流れているのは田万里川である。(そもそも田万里川が本当の賀茂川だったとの説もあるが・・)
遠すぎて何度も訪れられない「かも川」の営業が気にはなるが、微かな記憶の「すずめのお宿」は一体何処だったのだろうか。
確か、ここ「かも川」は水を注ぎキャベツを無理やり押さえず、キャベツ自体の水分だけで蒸して仕上げるスタイルで有名だったと記憶している。これが本場広島での「お好み焼」の作り方だとか、押さえて蒸すのは邪道だとか、そもそも「お好み焼」を「広島風」や「広島流」とか「広島焼」などと一言でも語れば見知らぬ広島県人に「ぶちまわされる」とか・・まことしやか・・に言われていた懐かしい時代であった。
今回も西野町から田万里へ向かう際にこの看板を見かけたので、戻りの際に駐車場へ入って停めてみたが、入口に何かの貼り紙かあるものの、わざわざ石段を上がって読むまでもなく暖簾が掛かっていないので営業中の感じでは無かった。コロナ感染対応で休業中なのか、たまたま定休日だったのか、どこかへ移転したとの告知だったのか訪れた際に見ておけば良かった。(2021/07/27撮影)
この通り、入口扉には白い貼り紙(小さな文字で何か書かれていた)
ここ「かも川」には右隣りにも建物が有る。確かここは一時的に「喫茶すずめのお宿」という併設店舗だったと思ったのだが、看板を見ると「珈琲館かも川」と書かれていたので記憶の間違いか。ここも営業中ではないようで、入口にはつまづく様な棒が置かれていたことから長期間営業されていない雰囲気が漂っていた。
帰って最新の「竹原うまいもんマップ」冊子を開いてみたが「かも川」は載っていなかった。ネット版の「お好み焼」店舗一覧にも見当たらず。(加盟店のみなのか、知っている店も載っていない)
これは「かも川」を撮った最古の写真1997年当時の様子である。(1997/01/06撮影)
これは営業中を撮った最後の写真である。この色褪せた看板は現在の看板「お好み焼 一品料理 かも川」とは異なっており、「珈琲館かも川」の看板もある。(1999/05/08撮影)
店舗入り口には赤い暖簾も掛けられており、こだわり店の噂を聞いてかツーリング客も立ち寄っている。あれっ!?左端の看板上に「広島焼?」の文字が写っているが、地元広島の一流店でも「広島焼」を使っていたのだから、やはり1980~90年代当時に「ぶちまわされる」のはウソだったようだ。
今更だが「かも川」は何と読むのだろうか?「かもがわ」なのか「かもかわ」なのか?料亭や小料理店ならば濁らずに「かもかわ」となる気もするが、賀茂川と何か関連があるのか?だが「かも川」の道路向いに流れているのは田万里川である。(そもそも田万里川が本当の賀茂川だったとの説もあるが・・)
遠すぎて何度も訪れられない「かも川」の営業が気にはなるが、微かな記憶の「すずめのお宿」は一体何処だったのだろうか。