安芸の小京都 竹原アルバム

このブログは私の故郷竹原のディーブな散策アーカイブです。 1996年から続けていた旧ホームページをブログとして継続中。 (ご注意:観光向けではありません)

2021年11月

 今回図書館で借りた小冊子の数冊、返却日が近くなってきたので未読のものを見始めた。本日は竹原市役所にて1971年(昭和46年)に発行された『竹原 '71』を捲って懐かしい掲載写真を楽しんだ。
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 本小冊子は竹原市の現状(1971年当時)を写真と市勢データで紹介している。当時の市長は有原明三氏、竹原市役所落成から5年後である。貴重な写真が多数有るのだが著作権等もあるので転載できないのが残念・・・。以下に各章の内容について概要を紹介する。

沿革
 竹原小早川家の創設や頼春水・春風・杏坪の三兄弟が生れ、春水の子である頼山陽が生れたことを紹介している。昭和10年に呉線が開通して三井金属の操業開始等によって都市化、昭和27年に下野村、29年に東野村・大乗村と南方村、30年に荘野村と田万里村、31年に吉名村と賀永村、33年に忠海町と合併して市制を布いた。
 掲載写真は現竹中向いの水源地ポンプ場からの竹原市市街地、整地中の来須地区、広大な田畑の中に旧竹中と体育館、郵便局、電電公社、市役所、市民館が写っているが、三井金属の煙突は未だ「子たけたろう」だけ。

自然

 長く屈曲に富む瀬戸内海の沿線と300~500mの連立する山地に囲まれた竹原市。気候は温暖で降雨量も少なく晴天日多し、風光明媚な景色と天与の恩恵をえけている。
  掲載写真は海苔の養殖のようだが場所は書かれていない。久野島らしき島があるので忠海の宮床沖だろうか?

住まい
 1世帯に1住宅。市営住宅を777戸建設。
 掲載写真は小田山神社辺りの市営住宅と、阿批比か田ノ浦の県営住宅か。

上水と下水
 写真は現竹中はす向かいの成井水源地。

橋と道
 写真は賀茂川大橋(西小横)と、どこかの農道改良工事。

人づくりの場
 写真は竹原西小、昭和44年9月20日落成・開校。職業訓練校実習風景(造船)。


 昭和46年4月1日に開港(貿易港)の認可によって外国貿易の増加を期待。宗越の太郎ヶ鼻から長浜漁港までの区間が港湾法によって竹原港港湾区域となった。
 写真は外材を積んで入港する船舶と四国への近道フェリー(中四国フェリーの桟橋)。

みんな幸せに
 写真は、どこかの保育所、郵政省の保養センター(竹原簡易保険保養センター)、黒滝ホーム、芸南学園。

産業
 写真は福田町の貯木場(ツダモク)、広果連(忠海)、たばこ共同育苗(場所不明)、木工家具工場(協和?)、紡績工場(場所不明)。

あすをつくる
 写真は、建設中の竹原大橋(国道185号の呉線高架橋)と八幡橋・汐入橋。福祉センター完成予想図と建設基礎工事中(現在解体中の福祉会館)、建設中の下水終末処理場、建設中の港湾事務所兼内港待合所。

史蹟・観光
 写真は、頼惟旧宅、竹原小早川家墓地、普明閣、忠孝巌、ふとん太鼓、竹原屏風、町並み保存地区となる前の電柱が並ぶ本通り。

以上だが、1971年はどのような出来事があったのだろうか。
  • サイモン&ガーファンクル「明日にかける橋」がグラミー賞受賞
  • ジョンレノン「イマジン」、ジョンデンバー「故郷に帰りたい」が大ヒット
  • 「わたしの城下町」、「知床旅情」、「また逢う日まで」が大ヒット
  • 「仮面ライダー」、「ルパン三世」、「天才バカボン」、「国松さまのお通りだい(ハリスの旋風のリメイク)」放映開始
  • ホットパンツ、パンタロン流行
  • スマイルバッジ、アメリカンクラッカー流行
  • カップヌードル、チェルシー発売
 その頃の私の記憶・・・1980年代の近未来を描いたテレビ番組「謎の円板UFO」を熱心に観ていた頃だ。

 金曜日のテレビニュース番組で三景園の紅葉が丁度見頃とのことで、本日は県知事選挙の投票を済ませた後に三景園を訪れてみた。広島空港近くの有料駐車場はほぼ満車。イチかバチか「空の駅」向こうの無料駐車場へ入ってみると空きスペースだらけだったのでポツンと全戸左右2台分以上空けて駐車。三景園までは少々歩かなければならないが、駐車時間を気にせず過ごせるので心置きなく西門へ。
 昨年もこの頃に三景園訪れたが、園内に入ってみたところ紅葉の鮮やかさがなぜか物足りない。二度目にて既に慣れてしまったのか、見頃ろの時期が過ぎたのか、それとも未だ見頃ろには早すぎたかのた。昨年と同じルートを歩きながら紅葉を鑑賞するも、今年もすれ違う外国人観光客の会話が気になって仕方ない。2時間程度歩いて駐車場に戻ってみれば、広大な空きがあるにもかかわらず自車の左右ドアに寄せるように他車が停めてあった。この迷惑車(者)を最近では「トナラー」と言うらしい。念のためボティーが無事かを確認して竹原へ戻る。

 三景園の紅葉だけでは満足できず、自宅へ戻る途中に東野町の長善寺の紅葉を見に立ち寄った。(2021/11/14撮影)

 ご覧の通り、小規模ながらも境内は綺麗な紅葉になっていた。
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 境内に入って先ずは本堂へ参拝。撮影前に賽銭を石材で造られた中央の御香台の台座にある投入口へ。
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 長善寺といえばこのハリボテ像であろう。
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 昨年に比べれば、ここの紅葉もイマイチ。落葉の絨毯が少ないので時期が早すぎたようだ。
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 鐘楼の石段からのアングルが私のお気に入り。
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 境内に20分程度居ただろうか。その間、本堂内から読経の声が聴こえていた。
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 来週の日曜日ぐらいが本当の「紅葉の見頃ろ」かと思われる。照蓮寺の銀杏、西方寺や普明閣境内の紅葉も撮りに行ってみよう。忘れがちだがバンブー公園もそろそろだろうか。行くか行かないかは寒さ次第だが・・・。

 おまけとして、三景園で「ぜんざい」をすすりながらテーブルから撮った池の写真を載せておく。
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 ここまで広くは無いがバンブー公園内の池でも、このような紅葉の景観を楽しむことができる。

 「道の駅たけはら」に寄贈されたピンクノグランドピアノ。11月4日昼過ぎからのお披露目コンサートは見に行けなかったが、本日、既に利用時間外だったが仕事の帰りに立ち寄ってみた。(2021/11/13撮影)

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 国道沿いのガラスから休憩スペース内をの覗くとピアノのシルエットが見えた。
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 訪れたのは17:39、もう40分早ければシャッターが開いていたのだが・・・これがここに来れる限界時間。
#02 - コピー
 格子の隙間から撮ってみた。
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 鍵盤中央に書かれたロゴを見るとカワイ製。始めて知ったが、閉じられた蓋はグランドピアノでは斜めに開く全体を「屋根」と言うらしく、折り畳める手前の部分は「前屋根」。突き上げ棒を挿す場所で角度が変えられるが、気を付けないと指を挟んて「トムとジェリー」の「ピアノコンサート」のような悲鳴をあげることになる。ちなみにアップライトの上蓋は「天板」だが、たいていは豪華なカバーが掛けられていて開けないかも。要らぬことを考え始めたら「柔道一直線」の「足ピアノ」を思い出してしまったなぁ~。
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 このピアノ、街角ピアノなのかストリートピアノと言ってよいのか・・・「道駅ぴあの」が良さそうだ。全体がピンク色なので本来であれば「ももねこ様」が鎮座する「あいふる通り」のどこかに「ももねこぴあの」として置かれるべきものだったかも。
 考えてみれば本物のグランドピアノを最初に触ったのは竹中の体育館舞台上だった気がする。竹中2年生時に卒業式予行演習の卒業証書授与で流されたB.G.M(本番では不採用)「LET IT BE」を初めて聴いたことが、私がビートルズ好きとなったキッカケである。3年になってから体育館の掃除時間にグランドピアノを触って「LET IT BE」のイントロを弾いていたのは遠い過去。また、あの本物のピアノ特有の弾き返されるようなアクションの心地良さをここで味わってみたい。「道の駅」に因んで「The Long And Winding Road」が弾けるように練習し始めよう。

 以前から気になっている看板。場所は楠通りから西幼稚園跡へ抜ける途中の外川荒物店跡横の駐車場。(2021/10/24撮影)

 この狭い通りは本川を跨ぐ古庭橋が新たにできたことから、道の駅~榎町~新開~中通までの抜け道となってしまい、交通事故が多発しているルートの途中でもある。右の緑のテントが外川荒物店跡でその隣の鉄骨スレート造りの駐車場の柱にその看板がある。
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 これがその「出光灯油」の旧ロゴ看板である。
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 一見、新旧の違いは感じられないのだが、出光興産の最新ロゴと比べると、このロゴの時代の古さが分るであろう。これを「旧ロゴ」と書いたが、時代の遷移的には「旧旧ロゴ」あるいは「旧旧旧ロゴ」になるかもしれない。
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 このロゴは一般的には「アポロマーク」と呼ばれており、この正円内に太陽神アポロンの顔を模ったデザインは2006年までのものらしい。その後、正円が楕円へと変えられ、楕円が外されたものから顔がシンプル化されたものへと何度も変貌を遂げている。
 この「アポロマーク」はトリビア的に色々と掘り出せる美味しいロゴのようだ。先はこの毛筆の「出光」だが、創業者の直筆らしい。この横顔は女性に見えるが太陽神アポロンは男性の神、どの古い彫刻を見てもカーリーヘアなのだがオールバックのストレートの謎。最もトリビアなのが横顔に隠された文字。目が「ア」、口が「ポ」の発声状態で、耳が「ろ」であり、合わせて「あポろ」⇒「アポロ」となっている・・・ちょっとコジツケ的ではあるが「なるほど~」と言えよう。これは「キリンビール」の麒麟ラベルに「キリン」の3文字が隠されてたとの公式的な情報ではないが、隠し文字「アぽろ」が語れる貴重な古い看板である。

 今週、竹原書院図書館で借りた小冊子の内、一番古い発行のものが昭和27年の『觀光の竹原』である。修学旅行に作った「旅行のしおり」のような16ページ程度のものだが、その中身は古い写真が全ページに解説付きで掲載されており、竹原の観光的な歴史を知る上では貴重な資料のひとつといえよう。(2021/11/09借り)

 最終ページに「不許複製」と書かれているので表紙のみを紹介するが、表紙は西方寺普明閣。裏表紙は内港(三井金属側)が描かれている。
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 本書は、竹原書院図書館司書の松浦魁造氏による編集で、写真撮影者は中村正務氏、発行人が広島県竹原町観光協会長の松阪昭二氏によるものであり、印刷所が芸南新聞社、発行所が広島縣賀茂郡竹原町役場である。
 最初のページには右書きの「史都竹原の全景」写真(普明閣舞台からか?)が載せられており、「頼山陽の郷土」、「小早川隆景の発祥地」の歴史的にも史都にふさわしい土地。瀬戸内に臨んで景観秀絶な土地、産業的には芳醇無比な酒造、優良な醤油、甘味なる葡萄、交通的には呉線の枢要地として急行上下が停車するところ・・・として竹原を紹介している。

続いて竹原の観光場所が以下の順に写真が解説付きで掲載されている。
  • 史蹟 礒の宮/忠孝碑
  • 長生寺/庚甲堂
  • 名勝 普明閣/安芸の小京都(普明閣舞台からの眺望)
  • 西方寺/道工彦文の墓
  • 史蹟 賴氏一門発祥の旧宅/竹原 賴 山陽/春風館
  • 町立図書館 竹原書院/賴山陽の詩碑
  • 照蓮寺/賴亨翁夫妻の墓
  • 芸南開聞岳 的場 高山の大観 内海第一展望/瀬戸内海観光の焦点 阿波島(竹原沖)
  • 鎮海山城/鎮海山古城跡/竹原葡萄
  • 和賀神社(小早川神社)/塩田
 これらの中で一番興味深いのは、リゾート化が頓挫した高崎沖の阿波島が「瀬戸内海観光の焦点 阿波島」として掲載されていたことである。そして発行年から69年後の和賀神社・・・。

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