安芸の小京都 竹原アルバム

このブログは私の故郷竹原のディーブな散策アーカイブです。 1996年から続けていた旧ホームページをブログとして継続中。 (ご注意:観光向けではありません)

2022年03月

 西方寺の枝垂れ梅を観に行く途中、修景広場の奥に植えられている枝垂れ梅を覗いてみると見事な満開。誘われるように傍へ寄ってみた。(2022/03/08撮影)
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 たしか昨年はお抱え地蔵尊の枝垂れ梅も満開だったはず・・・と修景広場につながる坂へ出てみたら地蔵堂が桃色になっていた。西方寺へ行く前に地蔵尊へも寄ってみることにした。
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 枝垂れ梅の樹は1本だが、ここは真下を潜れるのが嬉しい。
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お抱え地蔵尊に到着。
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先ずは大名谷地蔵へお参り。
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お抱え地蔵尊も特に変わりなし。これまて気付かなかったが、坂道に並んでいた幟が真新しくなっており、ご真言「オンカカカビサンマエイソワカ」も書かれていた。賽銭箱が遠すぎて賽銭は入れずに真言を唱えた。
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それでは枝垂れ梅を鑑賞しに石段へ。
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折り返して樹の下の石段を下ってみる。
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真下から空を眺める。今回はメジロはいなかった。
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坂を下って修景広場へ戻る。
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久しぶりの大名谷地蔵尊と併設のお抱え地蔵だが、毎回気になるのがこの「ビリケン様」である。前回とは座っている位置が変わっている気がしたので蔵出し写真を探してみた。
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これが最初に撮った時の場所。お抱え地蔵尊よりも存在感大!(2017/05/03撮影)
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 もうひとつ気になっているのが、お抱え地蔵尊の坂の向い側にある空き家の庭の「幸せのハート」(縦型)。何だかグレードアップしている気がするのでこれも蔵出しを探してみた。
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これが以前の状態。のちに空き家の半分が解体され、地蔵尊風の焼き物が「幸せのハート」に載せられて両脇にカボチャが並べられたことが分った。(2021/02/28撮影)
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 嵐CMによって松阪邸の出格子彫り物が「幸せのハート」(横向きだが)として有名になったが、もしかしたら間違えてこちらを撮ってしまった観光客がいたりして?

 先月中旬は丸坊主だった西方寺の枝垂れ梅。朝昼の寒暖の差が大きくなった今週、そろそろ満開なのではと西方寺の石段下から見上げると白壁の塀から薄桃色の枝垂れ梅がのぞいていた。(2022/03/08撮影)
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 「まん延防止」解除直後の平日、既に17時前なのに町並み保存地区には観光客の姿が数人。石段や普明閣には観光客はいなかったが、私が西方寺の境内を訪れた頃には石段を上がって来る観光客もいた。
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 先ずは本堂にて参拝。振り返ると見応えのある見事な満開の枝垂れ梅。
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 日没まで約一時間。昨年の満開を鑑賞したのは2月28日だったが、今年は少し開花が遅かったのか既に満開だったのを見逃していたかのも・・・。朝日山をバックでは逆光となってきれいに撮れない。
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 昨年は枝にメジロがいたが今回は見当たらず。一般に「梅に鴬」と言われているがその9割はメジロとのこと。鴬は用心深いので人がいそうな場所には近寄らないらしい。
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 塀側に回ってみるときれいな桃色で撮りごたえがありそう。
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 普明閣と一緒に撮ってみようとしたが、今回買い替えたデジカメではどうも不満足。
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 八重の花に鼻を近づけると心地良い香り。意識して梅の花の香りを嗅いだのは初めてである。
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 枝垂れ梅の周りを何度も回りながら写真を撮っていると、老夫婦の観光客が山門を抜けて普明閣の方へ向かおうとされていたので、この枝垂れ梅も鑑賞して貰いたくて声をかけ、一緒に梅の花の香りや満開の姿を堪能した。
 西方寺を訪れる前に照蓮寺石段の猫たちと戯れていたのだが、境内の親鸞聖人後ろにある梅も満開になっていたであろう。山門近くには観光客がいたし、貯水池前の駐車場には自動車が次々と帰ってきたので境内を訪れることなく立ち去ったので未確認だった。
 あと2週間もすれば桜が満開となるであろう。バンブージョイの桜も見事だが、知る人ぞ知る成井土手(正確には来須土手かも)の桜並木もとても楽しみだ。土手路は自動車の往来で落ち着けないが、自転車でも走れた土手下の遊歩道は荒れたままなのだろうか?桜満開の樹々の下で長椅子に寝っ転がって空を見上げてみたい。

 先々週は朝日山登山道の一部が残雪しており路面が滑って山頂へは到達できず。先週ににも再トライしたが日陰のためか融けておらず引き返した。どちらの日も寒空の強風で視界良好だったので山頂からのクリアな眺望を撮影してみたかったのだが、暖かくなり始めた今週は風が強いもののモヤってしまった。これを逃すと更に視界不良となってしまうため、再々トライを挑んだところ日陰の残雪部分はすっかりと消え失せていた。(2022/03/08撮影)

 山頂に到着するとこの通り残念な視界。写真ならばパソコンの画像補正でクリアにできるのだが、今回登頂の主目的である動画撮影となると見た目のままになってしまうのが残念。
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 仕方なく展望台に三脚を立てて動画と写真を撮ることにした。
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何処かで火事が発生したようで下界では複数台の消防車サイレンや高崎上空をヘリが飛び回っていた。煙は見えなかったがバンブー向いの畑が燃えていたとのこと。
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これが展望台から肉眼で見たままの視界。
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左手には火力発電所がかすかに見えている。
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右手には吉名町の宗越と小泊地区。あの碇島も有るような無いような・・・
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展望台を下りて東屋へ。
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東屋からの眺めも残念な状態。
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山頂にて2時間程度滞在。今後は春到来で更に霞んでしまうだろうから、山頂からの眺望は期待できそうにない。次回訪れるとすれば桜が満開となった頃となるであろう。

以下は写真撮影したものを画像補正してクリアにしたものである。(ついでに竹原駅などの文字も追加)
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さて、撮った動画は期待外れとなったが山頂までの往復動画と展望台からの竹原港の眺めを動画サイトにアップしておいた。

安芸の小京都 竹原 033 朝日山山頂展望台へ(2022 03 08)

安芸の小京都 竹原 034 朝日山山頂展望台から竹原港ズーム(2022 03 08)


-以上-

 竹原駅に立ち寄って「HIRO HOUSE」側へ歩く際に違和感あり。観光案内処の壁に飾られていた「たまゆら」看板が真新しくなっていた。1月末に通った際は見るも無残な程に色褪せてしまっていたので写真を撮ったもののブログ掲載は見送っていた看板である。(2022/03/08撮影)
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 色褪せる前の看板(西方寺石段版)と同じものが再作成されたように見える。
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 ・・・のだが、この褪せていた看板には「おかえりなさい」は無かったハズ。
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 そこで1月末に撮ってボツにしていたものと比較してみた。(2022/01/30撮影)
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 あれっ?!新看板の「竹原市」は旧看板では「たけはら」だった。
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そこで撮った新旧の写真を鮮明化して詳細比較してみた。
  • 画像は同一(石段下の古民家があった頃)
  • 「アニメ たまゆらの舞台」は1行を3行化
  • 「たけはら」が「竹原市」となって位置変更
  • 観光の謳い文句「古くて懐かしい街並みと美しい瀬戸内海の風景が広がるまち」が削除され「おかえりなさい」になった
【旧看板】(2022/01/03撮影) 
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【旧看板】(2022/03/08撮影) 
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 元々はこの旧看板、竹原市役所に立て掛けてあったものである。看板最下部に2013年著作権が書かれていることから「たまゆら~もあぐれっしぶ~」の頃に作成されたものと推測。(2013/08/14撮影)
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掲載ついでに市役所の「たまゆら」看板(2011年著作)(2012/08/09撮影)
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テレビアニメ化前のOVA時代の初代看板「町並み保存地区本町通り版」と「宮原への本川沿い版」の2種(2010/10/10撮影)
建物右サイドに看板には「海と山に囲まれた穏やかな瀬戸内海の町、竹原市」「古い町並み、美しい海と島々と舞台にしたヒーリングストーリー」のキャプションが書かれていた。
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正面看板では「古い町並み、美しい海と島々・・・」「大好きになったこの町、たけはらを舞台にしたヒーリングストーリー」となっていた。
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 以上の歴代看板(道の駅のは割愛)、アニメに普明閣が登場するのに竹原の代名詞でもある「安芸の小京都」の謳い文句がどこにも書かれていなかったことに今更気付く。

 押入れのダンボール箱(竹原資料)の中から見つけた市街地図(昭和56年)に、これまでピンポイントでは場所が特定できないままだった「賀茂櫻酒造」が描かれていた。現在は一般戸建住宅地になっているとのことで酒造場跡の痕跡が無くなってしまいアバウトな場所にて写真「東野町の賀茂櫻酒造を探して・・」の写真(33)を撮っていたが、この地図により正確な場所が特定できたことで撮り直すことができた。

 今回はその賀茂櫻酒造の場所撮影(東野旧道)と砂原橋架設工事にて長らく通行止めだった荘野旧道を車載ムービーカメラにて撮影した。(2022/03/06撮影)

 走行ルートは竹の駅辺りからスタート。上条橋手前から東野旧道へ入って中央橋を過ぎて大福地橋の先から国道へ合流。通行止めが解除された小早川神社向いのY字分岐から荘野旧道へ入ったが、向こう側から消防車(乾燥注意喚起)が来たため町田橋東詰から国道へ戻る。賀茂川中学手前から荘野旧道へ入り、北から南へ走破して小早川神社Y字路から国道へ戻って新庄交差点待ちで終点。
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 目的の賀茂櫻酒造は本動画のサムネイル(表紙画像)の場所にあった。賀茂川沿いの電柱にカーブミラーがある路地の向こう側の住宅地区画であった。動画のタイムスタンプでは 00:05:20 である。
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 やっと場所がピンポイントで確定できたものの既に建物は存在しない。荘野旧道を走っていて思い出したのが荘野駐在所(タイムスタンプ 00:11:35の左側)である。2000年頃に竹原市役所荘野出張所の場所が探せず迷っていると、荘野駐在所を見つけたので駐在さんに地図を描いて場所を教えてもらったことがあった。その出張所は昨年に閉鎖されて廃墟になっている。その頃は田万里・仁賀・西野町などの古い戸籍謄本の写しを貰うためには本出張所へ直接出向く必要があったと記憶している。


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