北崎から大石方面への旧道沿いにそびえ立つ高石台に座る地蔵尊。これまで何度か撮影しているが、高石台の周囲にも小地蔵が複数あり、本来ならば地蔵堂内に鎮座すべきでなのに野晒し状態。今更ながらその違和感に気付いて『たけはらの神仏を訪ねて/著:神野勝』を調べてみると、その謂れについて書かれていた。(2024/07/09撮影)
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 地蔵尊の場所は北崎の流通センターから山沿いの道を東幼稚園方面へ向かう中程である。
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 地蔵尊の高さは2mを越える程で・・・
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 周囲には数体の小地蔵が無造作に置かれており・・・
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 今回、撮った写真を見て初めて気付いたことが赤子を抱えていたこと。
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 正式名は「八鹿地蔵大菩薩」。
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 建立年は明治頃?
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 上書籍に書かれた「大石地蔵」の謂れは以下(原文)である。

 四国金毘羅宮の祭神と元夫婦であったらしく、琴平より大きな社を建立すれば一緒になるが小社となるならば、このままで社はいらないこの場に座す。

 なんとも主語が難解な解説であるが、地蔵堂(小社)が建てられていないのは、この場へ琴平よりも大きな社を(誰が?)建ててくれなかったので野晒しのままでよし・・・であろうか。そして、祭神と菩薩が元夫婦であったことも更に不思議な謂れである。ここ大石に夫婦だった頃よりも豪華な大御殿を建ててくれるなら復縁してあげるが、そうでないならホームレスのままで暮らす、それも赤子を抱えたままで・・・だ。

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